Thursday, March 20, 2014

ダイニングから出火

先週会った友達が自分のアパートの下の階から火がでて、それも夜中に・・・。 大変な目にあったと・・・・。
もう、そこには住めないので引っ越した。 と、話していました。 この国は電圧があがったり下がったり極端で、漏電したりしてとても危険なのです。 
そういう話をしていたばかりでした。


そうしたら、今朝、我が家のダイニングのプラグから火がでました。 それも何も繋いでいなかったプラグからです。 



そういえばです・・・・。 先週の火曜日、イミグレーション宛にオンラインで手続きをしていた時です。 なんだか電気が焦げたようなにおいがしていました。 私の犬のような臭覚がそれをキャッチ・・・。 でもどこからその臭いがしていたのか、判別できずじまい。 きっとご近所で何か燃えたのかな? と思っていたのです。

が、それから9日たった今日、ジムが朝食の時に電子レンジを使って・・・。 すると、バチンッ! とブレーカーが落ちました。 使用電力が多すぎてブレーカーが落ちたという経験は今まで、一度もありませんでした。おかしいな・・・。 (使いすぎのはずがないのです。) 

一応、ブレーカーをあげる前に使っていたオイルヒーター等をきり、再びブレーカーをあげました。 

それから一分もたたないうちです。 ジムが『Shit!』 と叫んでいるので振り向くと、壁から火が出てました。

ジムは近くにあった、ほうきで叩いて消火。

しばらく私は放心状態。

使っていないプラグから出火?


ジム曰く、ブレーカーをあげたのがトリガーになって、配線のショートした部分から発火したのだろうと・・・・。

この国の建築は安い電線を使っているので、簡単にショートして、そこから発火、火事になるケースが多いらしいのです。 

そういえば、我がアパートに消火器ってものがないじゃないの????
用心深いジムが最初のショッピングの時に消火器を忘れていたっていうのは意外。
私? 気がつきませんでした。
今までの国ではあったような気がする・・・・。

エレクトリシャンが来て、ショートした部分を切り取り、テープを巻いて、
又、出火しないようにしてくれましたが、大家さんに見せたかったので、プラグのプラスティックは付け替えませんでした。

で私、午前中に消火器を買いにあちこち歩きました。 が、見つからない。 バザールで見つけたけど、2011、2012、2013 とラベルに書いてある。 どう見ても古いものだと思うのだけど、店主は2014年、2015年までオッケーだと言い張る。

買いませんでしたよ。

で、万策つきて、オフィスのスタッフに相談。
午後になってドライバーさんが1つの消火器を抱えてアパートに届けてくれました。

喜んだ私! 明日からこの国は休日に入ってしまうので、しばらくお店は開かないからです。


あれ? よく見たら、同じタイプの消火器なんだけど、私が見つけた物より1年古い表示がついてるんだけど?????? つまり2010、2011、2012。

は・・・・・・・。こりゃ、古すぎでしょ? 

ま、とりあえず、何もないより良いかな?

消防署が近くにあるので、そこに言って聞いてみるしかないのかな????

天井が落っこちたダイニングルームでは壁のスイッチを入れるたびにシャンデリアの電球がパ〜〜ンと破裂しながら電球が何メートルもすっ飛んで落ちて来ます。 ここ3回、つけて、3回、破裂。

このシャンデリア、最初の1年は全然問題なかったのに、天井が落ちてから、どうも配線に問題がでたようで・・・・。 

この国、住むのは超楽なんだけど、危険が一杯。 
火事だけはなんとしても避けなくては。

ジムは昼休みにスモークディテクターを探しに行くって言ってました。 煙探知機です。
だけど、この町に気の利いた煙探知機が売ってるかな? 






Tuesday, March 18, 2014

異例の早さで面接が決定

3月11日にプルプルしながら使い慣れないジムのラップトップを拝借してグリーンカードの更新手続きをした私でした。 
ウェブで去年から一昨年あたりに同じ手続きを行なった日本人のブログ情報だけが頼り。オンライン手続きから3日後くらいに”受領書” が送られて来る事。
又、オンライン手続きから2週間程で面接の日程を知らせる手紙が来る そしてその面接は約10日先だと。

これが私が調べた情報。だからオンラインから面接までは約一ヶ月。

何度もカレンダーと睨めっこ。 私が滞在している間に面接が来るように・・・。
だけど、相手はイミグレーション。  
早くなるってことはまずあり得ないだろうが、手続きが遅くなる可能性は大いにある。
だからお姉さんの家に到着後2週間以上滞在するよう、予定を組んだのです。

が!

3/11 オンライン
そして 3/17 面接のアポイントメントレターが来る
面接が4/3

というあり得ないスピードで手紙がお姉さんの家に送られてきたのです。 

1週間以内にアポの連絡が届くなんていうのは聞いた事ないです。
Notice Date が3/13になっているところを見ると、11日にオンラインファイルされて2日後にはもう面接の日程が決まっていた事になります。

たぶん、私が指紋をとりに行くSanta Rosa Application Support Center が忙しくなかった! と言う事なのだと理解します。 サンフランシスコやサンノゼだともっと大勢のグリーンカード保持者が手続きをするでしょうからね。 サンタローザオフィスはガラガラ?

結果、私がお姉さんの家に到着した翌日の1時が面接。 あと1日前にオンラインで手続きしてたら、私が到着する日に面接になっていたかもしれません。 あぶなかった〜〜。

と、言う事でサンフランシスコ到着、翌日、サンフランシスコのイミグレーションで延長スタンプを押してもらう、そしてお姉さんの家に向かい、翌日がバイオメトリック面接だと。なんと無駄のない動きなの!

少しでも日本の滞在を長くしたいので、私はサンフランシスコから日本行きの飛行機を変更しようと思います。 



今朝、起床後、直ぐにオンラインで4月2日のサンフランシスフィールドオフィスでの予約をとりました。 これは指紋面接とは別件です。 オフィサーに直接会って、パスポートにグリンカードの1年延期を示すスタンプを押してもらう為のアポです。 
新しいグリーンカードの手続きが無事終了しても実際にカードが発行されるのが何時になるかわからないから。 今現在発行がかなり遅れているらしいのです。 約9ヶ月?

だから1年延期のスタンプを押してもらって、来年の帰国にカードが手元になくてもそれで入国できるようにするためです。 

タジキスタンはアメリカより12時間くらい時間が進んでいるので、無事、4月2日のアポイントをとれました! これはチャイナタウンの側のようです。 朝、8時半だよ!

あとは入国審査だけだね! Wish me luck!




Tuesday, March 11, 2014

10年ものグリーンカードの更新を済ませました

たった今、10年もののグリーンカードの更新手続きをオンラインで済ませました。 
光陰矢の如し。 

今の10年もののグリーンカードがイミグレーションから送られて来た時、私はたしかヘアカットの為に美容院にいました。 カリフォルニアのです。 『君が首をなが〜〜くして待っていたグリーカードが無事に届いたようだよ、おめでとう!』 とジムが携帯に連絡をくれたのでした。

あれから10年か・・・・・・。

きれるのは今年の5月14日。 このカードの更新手続きの為にもう半年くらい前から私はソワソワと準備を始めていました。 オンラインで申請はできます。 だけど、指紋をとるための面接にどうしてもアメリカに戻らなくてはいけないんです・・・。 何時、それを実行するか、あれや、これや考え抜いていたのです。 だって面接の日程はイミグレーションが決めるので、オンラインで申請してからタイミング良く私がカリフォルニアにいられるように、インターネットで色々な人の経験談等を調べ、そして滞在期間を3週間と決め、飛行機を手配。 私の計算通り、面接の日が4月3日から18日の間にありますように、そこのところ、どうぞよろしくお願いしますね、ガーディアンエンジェル達・・・・。

アメリカだというのに、オンライン申請するのにはブラウザーがネットスケープ、又はエクスプローラー、どちらかが必要って、どういうこと?
たしか10年前もイミグレーションの手続きでジムのコンピュターを借りた覚えがあったけど、(イミグレーションのシステムはマックのブラウザーに対応してなかったから)あれから10年もたっているのに、まだマックのシステムに対応してないんて、がっかりだぜ、イミグレーション!

でもって、ジムのラップトップを借り、インターネットが途中で切れない事を祈りつつ、オンラインで申請しました。 最後は450ドルの支払いが待っていて、これはクレジットで・・・・. これまたドッキドキ。 クレジットカードの手続きは往々にして途中で駄目になるケースが多いから。

だけど、神様、仏様、氏神様、ありがとう。無事に最後までたどり着いて、コンファメーションをプリントできました。バーコードがついてる!

あとは4月1日にサンフランシスコから入国。 これが次の難関です。 

とにかく申請は終了。 ホ〜〜〜〜〜っ。



Thursday, February 27, 2014

プラザビルディングで!

ジムと私の会話です。 

ジム:『来週の水曜と木曜はビジネススタイルで行くから。』
朋:『わかった!』

ジムは仕事に行く時、たいていジーンズで行きます。 かなりカジュアルです。 が、省庁と人と会う日等はちゃんとしたビジネス用のパンツにネクタイをして行きます。 滅多にネクタイまではしませんけど・・・・。
でもって、来週は2日間、ネクタイだと・・・・そう私に言ったのです。 

パンツ、シャツ、アイロンオッケー!

火曜日の夜になって、ジムが言いました。
『木曜日のランチタイム、君、プラザビルディングに来ない?』

何を言いたいのか、全く理解不明でしょ? これだけで何がどうなってるのか、理解するのは無理です。

1つ1つ誘導尋問でやっと内容が見えてきました。

つまり〜〜〜〜〜、今週、水曜と木曜、DAIが主催のコンファレンスがプラザビルディングで開催されるそうで、80名の人が参加。 在タジキスタンアメリカ大使まで出席。15名のウォーターユーザーアソシエーションの人達が地方から出てきて泊まりがけだそうで・・・。
そこでジムは2日間、プレゼンテーションをすると・・・・。ローカルTVまで入って放送されるっていう、一大イベント。 でもって、プラザビルディングの最上階からの眺めが素晴らしいので2日目のランチタイムにその景色を君にも見せたい。

こういう内容だったのです。 ま〜〜ここのところ忙しくて、帰りも遅いしと思ったら、このコンファレンスの準備だったのです。 何も言わないんだもん。な〜〜んも知りませんでした。

ジム: 『2日目、君の名前も参加者名簿に入れておくから、ランチタイムにプラザに登っておいで。』

この日、私は体調を崩し、熱と頭痛で起きられませんでした。 残念・・・・・。

何も話してくれず、何をしてるのか、何を考えてるのか全くわからないんだけど、
屋上からの景色を見せたい。

ちょっと変ってると思いません? コンファレンスは丸2日続いたわけで、ランチタイムに抜け出して屋上まで一緒に行こうっていうの?

すごく、これジムっぽいです。 私に何も話していないのに、私がジムのやっている事を理解しているだろうって思っているところがあるのです。

『え、え? 何時に何処で? 何の為に?』 って私がパニックしながら質問攻めにしないとジムの意図が見えてこないのです。 


2日間私は熱と嘔吐、プラス片頭痛に苦しみました。 ごめん、ローカルTVを見ている余裕さえなかったよ・・・・。 

翌日、スタッフが写真を送ってくれました。 うわ〜、凄いコンファレンスルームだこと! これはジムが私を招いてツアーしたくなる気持ちもわからないでもないかな?
このお部屋に比べたらNECのボードルームはなんとさっぱりなんでしょ! 
ジムは誰かと話しているのかな? 横向いてるけど?





20レイヤーのマトリョーシカ

ジムのスタッフの1人にロシア人女性がいます。 彼女が休暇でモスクワに戻った時、お土産にこんな素敵なものを持って来てくれました。 マトリョーシカです。

まんまる太ったこのマトリョーシカ、ジムが1つ1つ開けて中の人形を数えました。
17個だ! ジムはそういって最後の小さい人形を私に見せました。


翌日、もう一度私が1つ1つ開いて見ると、17個目の小さい人形がまた、パカッと割れて中からもう1つ。 それが最後かと思いきや、もう1つ、そしてまたもう1つ。
最後の最後は6ミリくらいの小さい人形で、どこが顔なのかわからない程小さい。20レイヤーでした。

マトリョーシカを見るたびに私は胸がキュンと痛くなるのです。 それは小学生の頃にみた映画、『小さな逃亡者』 を思い出すから。
父親に会うためにソビエトまで1人で旅をする少年の話で、その子がマトリョーシカに自分の願いを込める・・・・。 するとそれが現実となって・・・。
ハッピーエンドではないのだけど、あの映画を見た時の衝撃が凄すぎて、今でもマトリョーシカを見るとなんだかとても切なくなるのです。

このマトリョーシカはちょっとモダンな顔をしてますね。 だけど、全部これ手書きです。

マトリョーシカ。 これ、大事にしたいです。

最後から2つめ。
一番最後。


Saturday, February 8, 2014

ベーコンの捧げもの

ちょっと私にとって、クスって笑ってしまうような事・・・書いておきます。

ベーコン。 たかが、ベーコン、されどベーコン。

ジムはベーコンが大好きなんです。 だけど、健康を考えて、食べるのは週末に1度だけ、と自分で決めているようなんです。 
タジキスタンはモスリムの国なので、ポークは売っていないのですが、ベーコンだけはスーパーにも売っているのです。 これが薄切りで結構美味しい。

週末、私は寝坊するこにしています。 私はキッチンからのベーコンとトーストのにおいで目を醒します。 

すでにカリカリベーコンが出来上がって、ジムはたいていもう食べ終わっています。 だけど、キッチンの片隅にペーパータオルに丁寧に包まったカリカリベーコンがいつも置いてあるのです。 

ここです。

私達、タジキスタンでは何度もシビアな喧嘩を繰り広げているのですが、喧嘩のまっただ中で口もきかない時でさえも、絶対にこのペーパータオルに包まったカリカリベーコンが置いてあるのです。  もし私だったら絶対にジムの分をとってはおかないなって確信します。 だって大げんか中よ!このジムの行動はどういう意味なのでしょう?


  1. 作りすぎたので、後で自分で食べようと思っておいてある? 
  2. 私の分として置いてある?
答えはたぶん、#2?

昨日の土曜日、現在私達は喧嘩中ではありません。 後から起きてきた私は最近ちょっと太りぎみなので、カロリーを制限しようと思って、無糖ヨーグルトにキーウィを入れて食べていると・・・・。
『ハイ、君の分!』 とペーパータオルに包まったカリカリベーコンをジムが私に差し出しました。
まるで大事なものを捧げるように。

私にとって、ベーコンはどれだけ大事かっていうと????? なくてもいいかな? っていうくらいの存在なのだけど、大げんかの最中でさえ、ジムは私の分のベーコンを大事にとって置いておく。 なんだか可笑しいでしょ! 

こんなに美味しいものを君の為にとっておいたよ。 という行動なのでしょう。

昨日は夕飯の時に 『君、あれ、どうした? 食べたの?』って聞いてきました。 私は
何の事を言っているのか直ぐにわかりませんでしたが、ベーコンの捧げものの事だったようで。 『うん、食べたよ。 ありがとう。』 

そう言いましたよ。 

たかがベーコン、されどベーコンなんです。 こういうとこ、ちょっと憎めないのです。





2週間ぶりの青空、そして水漏れ

関東は何十年ぶりかの大雪だそうで、家にこもってオリンピックを見ている人が多いのでは? 交通機関が不通になったりもしているようですね・・・・。 

こちら2週間前から急激に寒くなって、最低気温はマイナス19度。 毎日最高気温が0度かそれ以下。 マイナス15度くらいだど、外に出た時に鼻毛が凍ります。
町はバスが通る大通りは除雪車が除雪しているらしく、車は普通に走っています。 バスもタクシーも。 だからジムのオフィスもクローズせずに通常業務です。 ジムは歩いて通勤なので休みはありえません。

昨日の土曜日、2週間ぶりに青空が見えました。 青空と雪とのコントラストが綺麗です。 窓からジムが写真をとりました。 








夕方、2人で食料の買い出しに・・・・・。 途中オフィスに立ち寄ってちょっと用事を・・・。 と思いゲートのベルをならし続けたのですが、セキュリティーの人が対応してくれません。 仕方ない、中に入るのを諦めました。 帰りにもう一度寄ってみよう・・・・・・.

食料の買い出しにはジムがバックパックを背負って行ってくれるので、重たいものは全てジムが運んでくれます。 今回は珍しく400ソモニを超えるお買い物。 バックパックいっぱいと手荷物が3つ。 これ全部で400ソモニってことは約80ドル。 

帰りにオフィスに立ち寄るとゲートが開いていて、スタッフが出入りしていました。 変だな? 土曜日なのに・・・・。

中に入るとオフィスは大変な事態になっていました。 天井にある湯沸かし用のタンクのパイプが破裂して水漏れ。 建物は地下を入れて3フロアーあるのですが、その全てのフロアの天井から雨のように水がしたたっているのです。 ジムのオフィスは2階。 1人部屋ですが、ジムの部屋が一番最悪の状態でした。 天井のから滴り落ちる水で床一面水浸し、机の上に置いてあったラップトップまで濡れてしまいました。 バケツがあちこちに置かれて、水を受け止めますが、したたる水の位置があまりに多いので、バケツがたりません。
タンクは天井裏に設置されているそうで、天井裏を覗くと10センチ以上、水が床に貯まっていると・・・・。

呼び出されたスタッフ数名とナイトガード、それに大屋さん、みな、寒いなか水の始末・・・・。 

ジムの大事なファイルや資料も濡れてしまいました。 

大屋さん曰く、『タジキスタン プロブレ〜〜ム!』 

いつもなら買物の帰りにオフィスに立ち寄ったりしないのに、これって虫の知らせっていうやつでしょうかね? 

温水器に繋がるパイプの蛇口を閉めたので、これで全部水が滴り落ちた後は水漏れがとまるはずですが・・・・・。 月曜日、ジムのラプトップは動くのでしょうか?

カボディアン出張、だけど大雪

2週間前の金曜日、タジキスタンに赴任してから珍しくジムが私を出張に誘ってくれたのです。 マラウイでは出張はいつも一緒でした。 北から南まで、2人で色々まわりました。 私の役割はGPSに位置を入力する事。 それとカメラマン。 ジムが熱をだして倒れた時はバックアップのドライバー・・・・。 


で、初めての出張はアメリカから短期出張できているスタッフも一緒。 セダンの後部座席に通訳の男性と3人乗って、3時間と少しのドライブでカボディアンという町に到着。

町に一軒しかないというレストランで夕飯を食べてからゲストハウスへ。ゲストハウスは綺麗な一軒家で、出張者用のベッドが並んでいます。 女子用と男子用に別れていて、各部屋にはクーラー兼ヒーターが壁に取り付けてありました。 寒かったので直ぐにそれをオンにして、待つ事30分。 が、一向に暖かくなりません。 
電力が弱すぎて電気製品がちゃんと機能しないのだそうで・・・・。 無用の長物。 

寒い!

男子の部屋にダルマストーブがあったので、そのストーブに木を焼べて暖めて、ポーカーをして楽しみました。 遠足気分で楽しいっ!

翌、土曜日、私達はスケジュールが一杯でした。 USAIDプロジェクトで作った灌漑用用水路のゲートの視察。 ウォーターユーザーアソシエーションの代表者とミーティング・・・・。 
ところが、起床して外にあるトイレに行こうとしてびっくり。 一面の銀世界。 20センチくらい雪が積もってるじゃないですか! ドゥシャンベより南のこの町で雪が積もるのは珍しいのだそうです。 

結局、この日、私達は予定していた視察は近くにある用水路だけにして、ドゥシャンベに向けて直ぐに引き返す事になったのです。 
車のタイヤ? チェーンなんてつけていないし、雪に対応する特別なものでもありません。 つまりは普通のタイヤで4時間以上雪の中を走らなくてはいけないのです。 途中、何台の車がスリップして立ち往生したり、衝突事故を起こしたりしていました。 かなり危険な行程でしたが、ドライバーさん、頑張りました。 無事にドゥシャンベに到着。

ジムはがっかりしてました。 通訳の人をかいして、色々アポイントをとっていた大事な出張だったからです。 だけど、無事に戻れただけでもラッキーと思わないと・・・。

一軒だけ早朝に訪問する事を予定していたウォーターユーザーアソシエーションの代表者が私達のゲストハウスまで出向いてくれてミーティング。 通訳の男性を介しての会話が続きます。 部屋に暖房がないので、寒い〜〜〜〜!お茶を淹れる私。 だれも私がジムのワイフだとは思ってない様子。(こういう場合、お手伝いさんに徹する!) 
ファーマーや地主さんたちがどれだけこのプロジェクトに感謝しているか、彼等はジムにそう伝えていました。 今まで壊れたりして使えなかった灌漑用水路を直したりして使えるようにしてもらったからです。写真は彼等が案内してくれた用水路のゲートです。 皆がジムの事をMr. James って呼んでいるのが印象的でした。
Water User Association の人とジム、そしてアメリカから
出張しているスタッフ。


USAID のスティッカーがついています。


ほんの少しでしたが、ジムがどんな仕事をこの国でやっているのか、垣間みる事ができて私はとってもハッピーでした。 

Monday, January 27, 2014

ラブリーワイフ、で〜〜す!

1月19日、 もう寒くなったのでハイキングはしばらくないのだろうって思っていたのですが、日曜日、ジムが1人でなんだかゴソゴソやってるけど何してるのかな? と思ったら、バックパックをもって1人で出て行っちゃいました。 午後になってもなかなか帰ってきません。 3時過ぎになんだか真っ赤な顔をして戻って来たので、は〜〜ん、1人でハイキングしてたのか・・・・と思ったのです。 喧嘩中だったので、会話がなく、私も夕飯なんか作らずに好き勝手してました。

あとでわかったのですが、1人ハイクでなくて、ハイクタジキスタンが企画した日曜ハイクに参加したのだそうです。 知りませんでした、まだやってたなんて・・・。

で、昨日の日曜日(26日) 喧嘩のほとぼりも殆どなくなっていたので、私も日曜ハイキングに参加する事にしました。 2人で賭けをしました。 参加者が何人集まるか? 私は10人以下、ジムは10人以上と言いました。 結局参加者は4名のみ。 私が勝ち。

ドゥシャンベの朝の気温は5度だったのに、30分車で移動して歩き始めると、雪がぱらついてきて、頂上付近では完全に雪。 雪の中をハイキングなんて、初めてだったので結構楽しかったです。 景色が綺麗だもの! ハイキングブーツはこれでもか! と言う程泥だらけになりましたけど、ハイキングポールを2本もっていったお陰で転ばずに歩けました。寒くなかったかって? 全然、寒く感じませんでした。 腹巻きまでして重ね着していたせいかな?だけど、ランチ休憩で地べたに座っていたら、汗が冷えてもの凄く寒くなり、直ぐに下山しました。 山の天気はほんっと、変りやすいのね。 レインコートを持って行ったのは大正解でしたよ。 






 


翌、27日は在タジク日本大使のご招待で、新年会が開かれました。 去年もジムを同伴して参加しましたっけね。 で、今年は大使がご近所に引っ越されていたので、歩いて行けました。 たぶん40名ちかく集まったと思います。 ジムとドイツ人男性2人、それにタジク人の奥さんが1名混じっていましたが他は全員日本人。 日本語で自己紹介です。
で、ジムの番になって、ジムが英語で自己紹介し始めたのだけど、
"I am here because of my lovely wife ……."
私はぎょっ! としました。 大勢の日本人の前で”僕のラブリーワイフ...” と言っちゃうアメリカ人夫。 ひえ〜〜〜〜!
こういうの、以前にもコンゴであったけど、その時は周りが日本人じゃなかったから・・。
今日のは結構冷や汗ものでした。

そのあと、みなと歓談する時に ”ラブリーワイフです、ハイ” とおちゃらけるしかなかったです・・・・私。 


Wednesday, January 8, 2014

3年越しのロゴ

去年の私はとてもストレスを抱えていたと思います。 
だって、何もかもが中途半端なんだもの。 自分でも嫌になるくらい何も完成しなかったのです。 
NGOのロゴ、レシピブック、ポスター、ユニセフのビルボード、何も仕上がってないじゃない? あ、仕上がってはいるんです、だけど先に進んでないの。 印刷やさんでプリントするとこまでいってないじゃない・・・・。
デザイナーの仕事って相手があることだから、大変なんだね・・・・。

あと10年、いや20年若かったら、インターンシップでどこかデザイン会社で経験を積ませてもらって、こうも悩まなかったんだろうけど、なんせ短大でデザインを学んだのが40歳。 う〜〜〜ん、スロースターターもスロースターター。 遅咲き? いや、狂い咲きっ?

今、メールのインボックスを調べてみた。 Third Point という新しいNGOのロゴを頼まれたのが、えっと2011年? そうそう、コンゴからスカイプで依頼者に話をしたっけ!
でもって、途中NGOの名前を変更する可能性があるとか、ないとか? でたち切れになってしまったのです。 

ところが2013年に復活! やっぱり続けて欲しいといってきた。
依頼者はアメリカ人男性、アメリカとアフリカを行ったり来たりしてて、つかまらない。
プラス、私とのタイミングがこれでもか! っていう程合わなかった。

よ〜〜〜し、これでどうだ〜〜〜ってファイルを送ると、パタッと連絡が途切れて肩すかし。 
でもって、さ〜〜これからバケーションって時に連絡が来る。
だけど、ながかった〜〜〜〜。 

何度もブログで紹介しましたが、今度こそ、最終版です。もう絶対に変えません。 あとは幾つかの大きさのロゴをCDに焼きつければ良いと思うんだけど、これも初めてのことで・・・相手がイラストレーターとか持ってないだろうから、どうしたものかな? 

キャップに印刷(又は刺繍)して、それを送ってくれるそうです! 



ロゴデザインについてインターネットで学習した際に、自分で考えたロゴのデザインについて”配偶者に意見を問うべからず!” っていう箇条書きがあったのよ。
いや、もう目からウロコ!
だからジムには意見を問いませんでした。
あまり好感をもっていないようだったし・・・。だけど、依頼者はとっても気に入ってくれているの。 だからオッケー!


Monday, December 30, 2013

−8度の寒さのなか、年越し

モスリムの国タジキスタンでのクリスマスは一風変わった雰囲気でした。
スーパーマーケットの店員はサンタの赤い帽子やトナカイの角のカチューシャをつけたりしてましました。 だけど、街全体、クリスマスを祝うという雰囲気じゃなかったです。
宗教的にやっぱり違うんです。

で、25日にタクシーに乗ったところ、めずらしくドライバーが英語を話す若者で・・・! ちゃんと会話が成り立ったので、思わず私は言いました。
"Merry Christmas!"   と。
そうしたら、なんとそれに対するドライバーのリアクションが・・・・.
"You, married today?"  って・・・・。 え????

25日の夜はジムが発起人でクリスマスパーティーを開きました。 私達を含め総勢8名。 今までで一番大人数のおうちパーティーでした。 偶然お店で冷凍のターキーを見つけ、ジムがターキーを焼いてくれるというので、8名になったのです。 

それとは別に27日は会社主催のパーティー。 こちらはマルコポーロという名のレストランででした。
6時からと言うので、ジムと2人、着替えてから出向いてると、なんと、もう既に始まっているではないの! それにもの凄い人数。 人員整理をしたと後でもまだこんなに沢山のスタッフが。 50名は軽く越していたと思う。 皆、着席してすでにお食事が始まっていました。 え? 6時からじゃなかったの?
ドゥシャンベ以外のオフィスのスタッフも全員泊まりがけで来ていたそうで、一大イベンドです。 
タジキスタンの風習で、女性と男性のテーブルが別れていました。 レストランなど、公共の場で、旦那さんは公衆の場(レストラン等)で奥さんと同席しないのだそうで、夫婦でレストランに行った場合は個室に入るのだそうです。 だからレストランのメインダイニングにはいつも男性陣が陣取っているかたちになります。 私達、外人は気にせずに一緒にテーブルにつきますけどね・・・・。 で、遅れてきた私達、ジムが私を女性テーブルに着席させようとしました。 が、私達の席は別のテーブルに用意されてますから!と。
外人専用テーブルがありました。 

あとは恒例のダンス。 盆踊りをちょっと連想させるような踊りです。 みんな踊るのがだ〜〜〜いすきなんです、この国は。 観客に徹しようとしても無駄。 誰かが私達をダンスの中に引きずり込みます。 
25日を過ぎてもサンタクロースが大活躍する国は初めてみました。 
このディナーパーティーもしかり。 サンタが登場。 



今日は大晦日ですが、外には何人も、サンタクロースの衣装をつけた人を見かけます。 皆痩せてるサンタだけど・・・。 どうやら今晩はソモニ像の周りの広場に皆が集まって踊りが始まるようで・・・。 それにつけて大きなクリスマスツリーとサンタが待機しているようです。 

25日はパッとしなかったけど、25日を過ぎても何時までもサンタが出没する、珍しい町です。

今晩は年越しそばを作ろうかどうか、まだ迷っています。 
12時ころに、私達もソモニ広場に出向いてみようと思います。

ちなみに今朝8時の気温はマイナス8度。 今晩も寒くなりそうです。
どうぞ、みなさん、良いお年をお迎えください。


Wednesday, December 18, 2013

サギ

タイランド旅行でのエピソードを書きたいと思います。

プーケットに到着した翌日の事でした。 町は観光客で溢れ、まるでラスベガスのような賑わい。 ジムと私は先ずは現金をゲットすべくATMマシーンを探しました。
さすがは観光の町、パトンビーチ周辺の街角にはあちこちにATMがあります。

ジムが手続きをし現金を掴みました。 それから10秒ほどした時・・・・. 

男性が私を引き止めたのです。 『Excuse me, excuse me, Madam, you left this money in the ATM.』 そういって、私に1,000バーツの紙幣を見せるのです。 
ジムが紙幣をとり損なったと・・・・。 そして彼が次に主張するのが、『Your transuction has not finished yet.   You need to close it.』 
つまりキャッシングした手続きがちゃんと完了していないので、カードをもう一度いれなおして、終了させないと・・・・。 というのです。

そのときジムは2メートルほど先の両替所にいました。 わたしは直ぐにジムを呼んで、さっきキャッシングした現金をもう一度数えて、と言いました。 
ジムは現金を手に取って数えました。 ちゃんと全額あります。

あ〜〜、サギだ!

紙幣が1枚マシーンに残っていた・・・というのは明らかに嘘。 トランザクションが終了していない・・・というのも嘘です。 だって、レシートちゃんと受け取って、カードがマシーンから出て来たんだもの。

この男は、嘘をついてもう一度カードをマシーンに入れさせ、その場で暗証番号を盗むつもりだったのでしょう。 

あぶない、あぶない!
すぐにその場を離れました。


これは後日談ですが、タイからドゥシャンベに戻り2日目。 今度はアメリカのバンクからメールがきました。 怪しい引き落としがあったので、直ぐにカスタマーサービスに電話をして欲しいと・・・.

オンラインでチェックすると、12月13日にアルゼンチンかどこかで、私のカードが使われているのです。

直ぐに銀行に電話。 カードをキャンセル。 

明らかにサギです。 どこでどうなったのかは不明。 

海外旅行は本当に危険がいっぱい。 戻ってから明細書を良くチェックしないといけないです。 

危ない、危ない。


Tuesday, December 17, 2013

Pullman Phuket Arcadia Resort Hotel ダイビングのリハビリをここで!

タイ旅行から戻って、もぬけの殻状態の私です。

ジムはアパートに戻って、2〜3時間仮眠した後出勤していきました。

タイからの帰国途中、最後ドバイ空港で19時間、ターミナル2に座って時間を過ごしたせいで、身体の筋肉が痛いのです。 これはどうして? っていうと。
19時間も乗り継ぎ時間があるので、空港の外に出て半日観光でもするつもりだったのです。 ところが、流石に4泊のダイビングの後遺症か? プーケットからのレッドアイのフライト6時間で眠れなかったせいか? ドバイに到着した時の私達はヨレヨレ・・・・。 とても手荷物を預けて、外に繰り出すなんていう気分ではなかったのです。 数時間寝てから外へ? それも考えたけど、ドバイ空港ってめちゃくちゃ大きいので、ちょっと外に・・・・っていう感じじゃないのです・・・・。 結局、リクライニングで寝られる長椅子だけを期待してターミナル2に行ったものの、ターミナル2にはそのタイプのイスは1つもないことを知り愕然。(ターミナル3では皆、この長椅子で寝ています)。 それでもマクドナルドがあっただけ良いんじゃない? インターネットも繋がるし。 ってんで19時間空港内に座って時間を潰したのでした。 お尻が痛かった・・・・。

あ〜、もうこの先、どんなにストップオーバーが長くても生きていける気がする私。
 
話が前後しますが、4泊5日のダイビングボートの後はプーケット空港の近くのホテルに一泊したのです。 23泊、バックパッカーが泊まるようなホテルから始まり、2つ目、3つ目とアップグレード、最後の一泊だけはリゾートホテルを予約していたのです。

プルマン プーケット アルカディア ナイソン ビーチ
なんだか控えめなサインだけど、
すばらしいホテルでした。


ダイビングボートでは写真とは全然違って、1人が2段ベッドから起きると、もう1人は立つ場所がない・・・っていう小さな小さな部屋に寝泊まりしてました。だから最後の一泊のホテルがあまりにも綺麗だったので大感激。 ところがです。 オーシャンビューのデラックスルームだけでも感激しちゃうのに、ホテルのフロントでお部屋をアップグレードしますと言うではないですか! 


これ、ロビーに続くベランダ。
水に浮かぶチェアー。 向こうに見えるのは海。
プール付きビッラ !!!! 素敵!
お部屋からプールに入れる。
これには本当にびっくり。 タウンハウスのような作りの玄関でお部屋の周りがプライベートプール。 まちに待ったバスタブ。 あ〜〜、天国、天国! ありがとう、プールマンホテル。 とにかくプーケットは12月がピーク時期らしいのだけど、この週はその直前でまだお部屋に空きがあったのでしょう。 まともには絶対に泊まれないお値段のお部屋に泊まらせてもらいました。 ファーストクラスにアップグレードしてもらったような気分でした。それにまだあるんです。 このホテルの凄い事。    
翌日、チェックアウトの時間を延長して欲しいとお願いし・・・・。が、あいにく、その部屋は無理だと・・・・. だけど、他のお部屋を用意してくれて、その部屋を2時まで使わせてくれたのです。 その後はフライトが夜中の12時半だったので、ギリギリまでロビーでくつろがせて頂きました。 これがまた最高にくつろげるロビーなのです。 それにコンプリメンタリーのドリンクやらフィンガーフードサービスまで、ロビーに居ながらおかわりのドリンクまで頂いて、なんだか田舎っぺの私は、申し訳ないくらい恐縮!

いや、色々なホテル、色々な国で見たけど、このホテルは良い! 最高に良かった! もう一度いきたいです。 朝食のバッフェだって、さいっこ!

ビラの中にあるお庭。 ここでくつろいでいる
時間はありませんでした。残念。

プールの向こう側が海。

ビラのゲート。 ここからがプライベートの空間。






ここはロビーの一角。
お客さんが少なかったので、ここで
くつろがせてもらいました。
真っ黒だわね、私。
ジムはこのプールでずっと泳いでました。

お部屋です。 向こう側に見えるのはバスルーム。
23泊目でやっとバスタブ!
向こう側はプール。

Wednesday, November 20, 2013

ダイビング体験/無事ライセンスをゲット(プーケット)

23泊もあるタイランドでの休暇がスタートしました。 ドゥシャンベのアパートを夜中3時に出発。 5時の飛行機でドバイに向かいました。 ドバイからはエミレーツでプーケットに直行です。 やっぱりエミレーツは他の比べると良いかも? 

最初の9泊はプーケットのパトンビーチ。 繁華街のまっただ中にあるバックパッカー用の宿。 キャンセルして他のホテルに移動したいと2人で希望したのだけど、すでに予約を無料でキャンセルできない期間になってしまい、諦めました。 
ま、モーテルだと思えば我慢できますけど・・・・9泊もあるのよね。

ただスタートはダイビングクラスが3日間あるので、一日中講習と実技で忙しかったです。
3日間の講習期間中、最初の半日はビデオを見る。 で、その午後はプールで実技。
ジムと一緒の講習なので、私は先に日本語のオンライン講習をで受講し、最終テストもパスしていたのです。 ジムはそんな時間はなかったので、現地に行ってから講習を受ける。 私はとなりに座って英語のビデオを一緒に見ました。 義理の姉から計算問題が難しいのよ・・・と言われていましたが、やっぱりこれ、英語で受講したとしたら難しすぎてとても理解できなかったと思うのです。 日本語で先に受講しておいて、良かったわ〜〜〜!



翌日はボートで海へ繰り出し、そこでの実習です。酔い止めの薬を飲んだお陰か全く船酔いもなし。だけど、最初にもぐった時、私はパニックしてしまいました。 何故かというと、目が痛いのです。 海水がマスクに入ってくるせい? だけど、痛過ぎる。 インストラクターにギブアップ、水面にあがりた〜〜い、と意思表示したのだけど、彼は私をなだめすかし、ゆっくり呼吸をするように指示して、浮上しようとはしませんでした。

ボートにあがってから、私の目が真っ赤になって、腫れています。 マスクがゆるいせい? いいえ、原因はどうやらサンスクリーンだったようです。 110というもの凄く強いサンスクリーンをもぐる前に何度か顔に塗ったんです。 で、そのサンスクリーンがマスクの中の水にとけて、目に入ってしまった。 痛いのなんのって、シャンプーが目に入ったような痛さで、目があけられません。 ジムがボトルウォーターで何度も何度も私の目を濯いでくれました。 『ハイ、ブリングして〜』 って言うんだけど、目が開けられないんだよ、しみて。

もう、この先、もぐるのは無理かも? そう心配した時・・・・.

おとなりで休憩していた日本人男性が目薬を差し出してくれました。 コンタクト用の目薬だと。 

これを点眼してからやっと目をあける事ができて、しばらくして痛みがとれました。
良かった〜〜。 そのあと2回もぐり、2日目も終了。

3日目は2時間半もボートで波に揺られ、ピピアイランドへ。そこで最終演習。 ジムはよ〜〜く浮かびます。 太ってるからです。 重りを私の2倍も腰につけているにも関わらず、はい〜、もぐる〜〜。 っていわれて、気持ちは沈んでるんだけど、身体だけが意志に反して、ぷくぷくと浮いてしまうのです。 私も初日に体験したこの状態。 だけどコツを覚えたら沈んでいくようになりました。 だけど、ジムは苦労してましたよ。 インストラクターにもう1つ重りをポケットに入れてもらって、ようやく沈んだ〜。
ダイブ前、お着替えの時間。 ボート内はもの凄い
混雑ぶり。
ジムと私のウェットスーツはスーパーダイバーという
会社名がついています。
私の写真はないのよね・・・。


ダイビング後のリラックスタイム。
すっぴ〜〜ん。


サメ、タツノオトシゴ、ウミヘビ、大きなコッドフィッシュ、ウミガメ等に遭遇しました。 海の中のサファリです。 
ウミガメを追いかけていると、なんだか自分が浦島太郎になったような気分だし。 もう、最高。

ダイビング、最初の体験で好きか嫌いかに別れると思うけど、私たち2人とも好き! のほうでした。 このあとこの休暇の最後に4泊のボートトリップがあるんです。 これは毎日ダイビングざんまい。 それまでにもう一度、日帰りのダイビングができたらうれしいな〜。

今日11月21日は何も予定を決めていないので、のんびりしたいと思うけど、お天気がぐずついています。 この先の天気予報も曇りか、雨なんだよ・・・・。

Friday, November 15, 2013

プーケットにしゅっぱ〜〜つ

さてさて、2013年11月16日、午前5時のフライトでプーケットに向かいます。
夕べ、ジムが帰宅したのは深夜12時をまわっていました。 休暇の前後はとにかく大変です。 

でもって、私もこの先3週間ちょっと、ヨード入り食塩の事を考えなくてすむわ〜〜って思ったのだけど、よく考えたら今回の休暇はダイビング旅行だから、海水? 海藻? 
あれれ・・・・・これじゃヨード入り食塩を思い出さずにいられないかもっ?いやだ〜〜〜!

フライドバイ という会社の飛行機でドバイに飛び、そこから直行便でプーケットです。
到着16日の深夜11時過ぎ。

良い旅行になりますように! ではいってきま〜〜す。

あ、ラップトップを抱えていくので、アップデートできると思います。


Thursday, November 14, 2013

教育への情熱

合気道クラスで知り合ったマリカは現在15歳。 地元の公立高校に通っている事は前に紹介しました。


マリカは来年8月から開校される軽井沢の高校の一期生に申し込むため、願書を制作しています。奨学金制度ででの入学を希望しているのです。

数学を週に2度教えてあげていたのですが、結局、この学校が指定している学力テストをこの国では受けられない事が判明し、カザフスタンや、ロシアまで行って受験するのは経済的に無理なんです。 学力テスト以外にも、学校側は英語圏以外の人はトーフル、またTOEICも受験して下さいと言っているのです。 マリカはサマースクールから戻ってから必死で英語を勉強しています。 が、トーフルの受験もただではありません。 

学校側に問い合わせました。
すると、なんとも丁寧なお返事がかえって来ました。 学力テスト、並びにトーフル、TOEICを受けるのは Heighly Recommended であって、絶対ではありませんよ! と。
そして、もし受験しなくてもそれが最終審査にマイナスの影響を与えることはないです。
そう、はっきり言ってくれたのです。 私は直ぐにマリカ親子に電話をし、グッドニュースを伝えました。 これで一大問題は解決したのです。

が、今週親子に会ってみると、マリカの英語力はサマースクールの時点より数段進歩しているので、それを学校側にアピールしたいと、そういうのです。 
だからトーフルを受けたいと。 幸い、母親がボランディアで働いている ユニバーシティー セントラルアジア という大学で、オンラインのトーフルが受けられる、とのことが判明しました。 

私は親子がそういうからにはトーフルの受験料は準備しているのだろうと・・・・・・。
ところがです。 この親子の底抜けに明るい性格にびっくりさせられました。
『私のゴールドの指輪とイヤリングを売って、トーフルの受験料160ドルを作るのよ。』そうあっけらかんと笑いながら言うのです、マリカの母が。

その言葉を聞いた時、なんだか弓矢が胸に刺さったような衝撃でした。

ゴールドの指輪を売れば、なんとかなる! そう思っているのでしょうが、たぶん、それはとっておきの品なのでしょう。 それを売りさばいてでも、トーフルの受験料にしたい! そういう母親の気持ちがなんだか胸に突き刺さりました。
だけど、本当にそれで160ドルになるのか? この先、何か必要に迫られた時にどうするの? 私はそう思いました。

家に戻って、ジムにその話をしました。 トーフルを受けたいんだって。 だけど、受験料がなくて、指輪を売るって・・・・。

ジムは私の話を遮って、『朋、彼等をサポートしたいのなら、僕は全然反対しないから。 君がそうしたいって思うのならそうすれば良いんじゃない。』
そういってくれました。 

私はメールで母親に聞きました。 こういう金銭的なオファーは気をつけて申し出ないと、人によっては気分を害するかもしれないからです。
だけど、翌日、母親は飛び上がらんばかりの喜び様で、私の心配にはおよびませんでした。

なんだかこの親子、見ていてとてもいい感じなんです。 本当に困っているんだけど、そのパッションで、1つ1つと扉をあげていってる。 
結局、学校側は2万円の願書受付料を免除します。 と、メールで連絡してくれました。 これだって、ホームページ上では経済的な援助が必要な人は申してでください。 割引の料金で申し込めます。と、かいてある。 だけど、マリカの母のメールで、学校が配慮してくれたのだ。 すばらしいと思わない? この親子の情熱、そしてこの学校の柔軟さ。

マリカが合格して、軽井沢の高校に通える日が来るって、私は信じているよ!
バケーションから戻ったら、またマリカの数学をみてあげる、約束になってます。


やるだけやりました!

ユニセフへビルボードデザインのアイディアを発表しに行って来ました。
コンゴでの苦い経験を元に今回はプレゼンに力を入れました。 私のリサーチした内容と、マラウイで経験した事について、1ページの箇条書きし、それで、こういうアイディアになりました。 という流れにしたかったのです。

予想をはずし、今日私の待っていてくれたのは担当者Mさん、1人だけでした。
彼の上司に当たる人は最近赴任したばかり、今月から直ぐ通りを挟んでお向かいのアパートに越して来たYさん、日本人女性です。 Yさんとは個人的に話をしていたし、彼女がミーティングに参加してくれていたらちょっと心強かったのだけど、彼女は他のミーティングに参加中だそうでいませんでした。 

と、いうわけで朝からなんどもプレゼンの練習をしていた私はちょっと肩すかし・・・.だけど、緊張せずプレゼンを終える事ができました。 と、いうか、ビルボードの役割とはなんぞや? という私のリサーチについて簡単に意見を述べたんだけど、それを聞いている彼の表情や、返答から『そんな事は言われなくても、わかっているよ。』 的な雰囲気がムンムンと漂い始めたので、私は早口でドンドン進めました。

最後にヨード入り食塩にニックネームをつけて、ブランド化し、まずは子供達にアピールしたい! という佳境に入ったのだけど、どうも彼はそれに完全に反する意見を持っているようで、なんだか雰囲気が怪しくなっていきました。 

私はユニセフなので、子供を対象にする事を意識しすぎたのかもしれません。

彼がいうにはこのビルボードは最終的に全国規模で使われる予定だけど、当初はハトロン地区。 それも山岳地の国境沿いにたてられて、子供なんて、見るチャンスがほとんどないというのです。 それに子供をターゲットにしても新しい塩を買うかどうかの決断は大人がするしっ・・・と。

ドゥシャンベ市内には使われないのですか? 聞きました。 将来的には使われますというお返事でした。

来週、皆と相談して、返答します・・・・とMさん。 
来週は私、いません。
来来週は?
いません?
3週間以上いません・・・・。 

12月11日に戻ります。
もしそれで遅いようだったらどなたか他の方にデザインを依頼してください。


う〜〜〜ん、手応えとしては こりゃ、没だわね、私のアイディアは・・・・・。
もし、彼の上司達が私のアイディアをとても気にいって、どんでん返しが起こらない限りは。 

私の感じた手応えだと、Mさんはタジク人。 とっても保守的で、さもありなん的な物をイメージしているようなのです。 
私の提案した『スーパーサルト』 も全然ピンとこなかったようで、これだとなんだかケミカルっぽいイメージで、農薬みたいじゃない? 食べられるって思わないかも? と、いうのが彼の感想でした。 

やるだけやりました。 私のスキルもアップしました。何も後悔はないです、ほんと。

もしかしたら、私のアイディアは没になって、ユニセフの中で、こうして欲しいっていう意向をまとめて、言ってくるかもしれないな・・・・。 

だけど、3週間、タイランドでは頭を空っぽにしよっと!

 

Tuesday, November 12, 2013

スーパーサルト、デビューになるか?

いよいよ明日がユニセフとのミーティングです。
2週間、“ヨード入り食塩” についてのデザインを思案しました。
と、いうよりジムが考えてくれたアイディアがとても良かったので、私はそれを第一希望としてプレゼンをするつもりです。
プレゼンといっても、ただ鉛筆のスケッチで自分の手持ちのアイディアをスタッフに披露するだけなんだけどね。3〜4個ね。

ビルボードのデザインって、未知の世界。
デザインより先にビルボードの役割からリサーチしました。

結局、ビルボードは見る人が車の中からだったり、歩きながらだったりして、動いているので、6秒間程の間にどれだけ記憶に残せるかが勝負だと・・・・。
それに最初私はヨード入り食塩のイメージについて、頭を抱えてしまったのだけど、ヨード入り食塩とは何ぞや? という難しい事をビルボード上で説明する必要はゼロだと言う事。

プラス、子供たちがヨード入り食塩がなんですばらしいのか、今の段階で理解できなくても全くオッケーだと言う事に気がついたのです。(結構時間がかかった。)ようは、ビルボードを見た人、特に子供が、あれ、なんだろう? って記憶にとどめてくれたら成功だと!

ヨード入り食塩にニックネームをつけて、それをブランド化できるようなイメージの絵にしたいのです。 スーパーサルト、です。

が、問題はそのイメージを、どう表現するかです。 
絵、描けません。 だけど、そんな事いっている場合ではなく、かといって、子供の写真をそのまま使うのは?????

ジタバタジタバタ、イラストレーターとPhotoショップでやってみました。 
そういえば、イラストでできたビルボードはこの町に1つもありません。 アーティストは存在してもコンピューター絵を描くイラストレーターが居ないんでしょう。

これは私にとって、ラッキーなことです。 10年この町でグラフィックデザイナーをやっている友達がサンプルを送ってくれましたが、日本でいうようなマンガタッチの絵ではありませんでした。 

上の絵、これは鉛筆で描いた下書きをスキャンして、イラストレーターでなぞり・・・・。 ここまでは従来の方法。 私でも知ってました。 だけど、どうやったら簡単に塗り絵ができるのか? 色々ユーチューブでお勉強して、昨夜、画期的な方法を見つけました。 12時過ぎまでやってました。 この方法を使えば、上の絵も30分以内で仕上がる。
これは私ができるイラストの雰囲気を見てもらうために明日、ユニセフに持って行くために作ったものです。 これが最終イメージじゃないんだけど、こういう雰囲気の絵で仕上げる事ができます! というサンプル。
あとは、以前に試したようにPhotoショップで写真をイラストに変える方法。 これだともっと写実的になるのね。どちらの方法でもできますよ! ただ、写真ベースの場合、モデルを見つけて、完璧な表情とポーズを作ってもらわなくてはいけませんけどね・・・。

さ、明日のミーティングで私がこの仕事を請け負うかどうか、 が決まります。
頑張れ、自分!


Sunday, November 10, 2013

ダイビングのお勉強、eラーニング

月曜の朝、また地震です。

この国は地震の国です。 赴任してからすでに4〜5回揺れを経験しています。 だからあえてアパートではなくて、一軒家に住む人もいます。
昨日、ダイニングで私はダイビングのお勉強をしていたのですが、パーン、という凄まじい音。 
天井の電球が破裂したのです。 爆竹のような音。 
それが3回ありました。 たぶん、高圧の電流が流れ、ブレーカーが落ちずして電球が破裂したのだと思います。 天井に埋め込むタイプの電球はガラスでカバーしてあるものと、ないものがあって、ないものだと壊れたガラスが一気に飛び散りますが、昨日の破裂はガラスつきの物だったようで、飛び散りだけは避けられました。


そんな中、私はプーケットのダイビングクラスに向け、講習部分を自習できるシステム、eラーニングをやっていました。 ライセンスのクラスは3日間で実技と講習を終了する予定ですが、これは講義部分をオンラインで自習するシステムなんです。 これで勉強して、オンラインのテストにパスすれば、現地に行ってから講習部分をスキップできます。 だけど、私の場合、現地に行ってからはジムと英語でダイビングしなくてはいけないので、講習をもう一度英語で受け直すつもりなんです。 危険が伴う事なので、誤解のないよう、日本語で一度勉強したかったのです。 

結構時間がかかりました。 20時間くらいはかかってるかも? でも無事合格。
計算部分が難しいよ、って義理の姉に言われていました。 確かにこれは最初から英語でやったら大変な事になっていたかも? 
ジムはまだ何も勉強していないので、現地に行ってから1からスタートします。 計算のところ、私はバッチリだからね! 
ジムはカメラのマニュアルとか、読むの嫌いな人だから、ダイブコンピュターの使い方とか、マニュアルを読まなくてはならないもの大丈夫かしら? 私はオンラインのバーチャルコンピュターですでに使いこなせるまで練習しましたから、まかせなさい!

そうそう、今日、ジムの新しいボスがアメリカから来ます。 ジムはダイビング用のビデオカメラをオーダーしたようで、それを持って来てくれるはずなんです。 

だけど、ビデオの使い方、大丈夫かな? (私じゃないですよ、ジムですよ・・・・。)