Friday, December 12, 2014

ウズベキスタン 番外編

さて、番外編としてウズベキスタンのお土産について!
タジキスタンでもよく見かける刺繍、これはスザニと呼ばれる刺繍で、テーブルクロス、ベッドカバー、バッグ、いろいろあります。 ジャケットなどはかなりのお値段だと想像できます。

私はガイドさんと見学していた建物のなかのお土産やさんで、そのスザニでできたトートバックに一目惚れしてしまい。。。。。。今日は1日目、あと数日の間に絶対に同じ類のものに遭遇するだろうし、値段の相場がわからないし・・・・・だけど結局、買っちゃました。 
ジムに相談なんてしませんでした。 スザニの刺繍つきトート。 33ドルまで値切った!

翌日から他のお土産やさんで見るは見るは同じようなトートバック。 だけど、やっぱり私が気に入った物が一番でした! ミシンで刺繍したものは半額。 これはハンドメードの刺繍です。
中心がちょっとずれているのも、ご愛嬌ね!

ジムは親戚のお土産に刺繍の帽子。 これ、すごくかわいいです。 


甥っ子たちにはナイフ。

私とジム、2人のためにはウズベクのお皿。
 
これは飾りにもなるし、実用になるもの。 私はアメリカに持って帰るのが大変そうだから2番目の大きさにしようよ、と提案しましたが、一番大きいのでも10ドル。 一か八かにかけ、購入。


ジムはこの箱、気に入ったのがあったのに次のチャンスを・・・と思って買わなかったの。 そうしたら2度と同じものは見かけなかった・・・・。 やっぱり気に入ったらその場で決断するほう良いのかな? 

サマルカンドで絨毯ファクトリーを見学しました。 日曜日だというのに、絨毯職人の女性たちが手織りのシルクカーペットを作っていました。 一個一個結目を作っていく、これが本物。 偽物はその結目がないこと、また、フリンジのところだけシルクを使って、他はシルクを使っていない。 その見分け方は、フリンジの縦糸を引っ張ってみる。 本物なら、絨毯の面にまで糸が繋がっているので、指で引っ張った時それが感じられると・・・・。 なるほどね。 80万もする絨毯、偽物を掴まされたらたまったもんじゃない。 まして、海外に持って帰るとなったら・・・・。
1つ完成するまでに半年以上かかるのだそうです。 




小泉元首相もここを訪問されて、このシルクカーペットをプレゼントされたそうで、記念の写真が壁に飾ってありました。 絨毯はため息がでるばかり・・・。 私としてはせめてスカーフでも・・・と、シルクのスカーフを購入。 25ドル。 が、このスカーフ、翌日、どこのお土産屋さんでも同じものを見かけ、15ドルで売っていました。 ま〜、ファクトリーを見学されてもらったので、そのツアー料金だと思うことにします。









タジキスタンより面白いお土産がありました。やはり、タジキスタンより観光化しているためですね。


ブハラより

寒かったサマルカンドを後にして、私たちは電車でブハラに向かいました。 ウズベキスタンにはエクスプレストレインという高速電車があるのですが、サマルカンド、ブハラ間は走っていないのだそうです。 で、普通の電車に。 チケットは3段階あって、私たちは一等という真ん中のを選びました。 1人30ドルです。 決して安い値段ではありません。 Mさんの分も発券していたので3席を2人でゆったり座っていけると思っていました。 

いざ、電車に乗ってみると、ブースになっていて、各ブースは3席、または6席。 各ブースにはドアがついています。 それにテレビらしいものが設置されてる。 私たちの席はなんと、2つのブースに予約されていて、3つを使用することはできませんでした。 すでに私たちのブースには3人の男性が乗っていて、そこにジムと私は席を確保。 3時間の電車の旅です。 椅子は日本でいうと大きなマッサージチェアのような感じ。 一つだけ不満は空気は凄く悪い。 車両のどこかでタバコを吸っているお客がいるに違いありません。 とにかくムッとした空気。 



ブハラはサマルカンドより寒くない。  駅で片言の英語を話すタクシーを選び、ホテルへ。途中マーケットによって、両替。 この国のお札は5000スムというお札が一番大きいお札。 これは$1.6 。 だから30ドルのお金が2センチくらいの厚みになってしまって大変。 100ドルなんていったらお財布に収まりません。 国境で両替したときは1000スム札で手渡されたので、その何倍もの厚み。 以前のジンバブエみたい。

ホテルのお客さんはやはり私たちのみのようで、昔はマドラサ(ドミトリー)だったという小さなホテルは静かで、一泊$50 にしては大満足。 
到着の夜、ウズベク料理が3日間続いたので、イタリアンレストランへ行ってみました。 この日はウズベキスタンの憲法記念日だったせいか、どのテーブルも予約が入っていて賑わっていました。
ピザ、パスタ、サラダ、ワイン。 そして特別メニューにお寿司が。この砂漠地帯のウズベクに寿司メニューがあるなんて。 ジムと私は面白半分にピザとパスタのほかにサーモンの入ったロールをオーダーしてみました。 


はい、これがウズベク流、お寿司です。 隣のテーブルは現地の人たちの家族連れ。 彼らもまた、寿司をオーダーしている様子。 観察する私・・・・・。 あちゃ〜、お箸の持ち方、やっぱり知らないんだ。 お箸を上からぐー状態で握りしめてる。 挙げ句の果てに子供が家族全員の箸を集めて鷲掴みにして遊んでるし・・・・。 あの〜、お箸の持ち方を教えてあげましょうか? と言いたいところだが、余計なお世話?  寿司ブームはどうやらタジキスタンだけではないようです。
ちなみに、この裏巻きのロール、5ドルくらいだったかな? お味は悪くなかったです。 レモンがよくあってた。 ソースは真ん中が中国のお醤油。 両端はなんだか、よくわからなかった。
イタリアンレストランだけど、ピザよりお寿司のほうが美味しかったのは意外。

赤ワインをボトルで一本あけて、上機嫌な夜でした。

翌日は雲ひとつない晴天。 朝はマイナス4度の寒さでしたが、お日様のおかげでゆっくりと暖かくなり、ガイドさんのと共に歩きのデーツアー、とても気持ちよく、歴史的建物が青空に映えて最高!!!!! 











たった1つ、私の大後悔はいつも手袋なんかしないのに、慣れない手袋をしていたために何度もパナソニックのカメラを地面に落としてしまい、また、画面に黒い点が現れる状態になってしまったこと。 大失敗。

成田からエアウズベキスタンが首都のタシュケントに飛んでいるそうです。 が、11月からはオフシーズンでお客さんがいないので、その便はストップしているそうで、また3月になると、大勢の日本人観光客が訪れるようです。 だから今回、日本人には1度しか遭遇しませんでした。ジムが『こんにちわ!』 と声をかけると、やはり日本人でヨーロッパから来たと言っていました。 寒いけど、ちゃんと厚着していれば、この時期、決して悪くないと思うな、私としては。 どこへ言っても観光客が殆どいないから。

iPad様のアプリでこれを書いているのだけど写真の大きさや、レイアウトなど、何も修正できません。 ただ、かいて、写真を貼るのみ。 そして、アップロードしたページはどう見えているのか、タジキスタンからではチェックできません。 ま、いいや、興奮覚めやらぬうちに書き留めておいたほういいものね・・・。

ウズベク旅行、プランの段階で90%諦めて、もういいや、行くのやめようって思っていたのです。が、最後まで諦めずに実行して、本当に良かったです。 アジアで最高の思い出となりました。
なんでって? 全て、偶然が重なっているのだけど、上手くいったのです。 もちろん旅行っていうものはいつだって、予期せぬことが起こって、それも旅の持ち味であり、それをちょっと楽しむくらいの余裕があるといいのだけど、どれだけ旅行を重ねても、いつも何かのハプニングでつまづいてしまい、後味の悪いものになってしまう・・・・。 そんなパターンが多いなか、今回はちょっと違ったのです。 今までの旅行で一番スムースにいった。 小さなハプニングも含め、うまい具合に乗り越えた。 どうしてかって? やっぱり、きりつめて無理をしないことだと私は結論づけます。 行き帰りの車は1人30ドルも出せば、乗り合いタクシーでも行けたはずです。 それを片道250ドルも払った。 これは旅行会社を通したから。 だけど、もし乗り合いタクシーだったら? 
英語は通じないし、乗り心地は悪いし、乗り継ぎしなくてはいけないし、すごいストレスだったと思うのです。 旅行会社の車でも帰りはホテルからボーダーまで8時間。 飛行機なら太平洋を超えられる時間のドライブ。 ホテルは一番安いランクでも旅自体の質を下げないための出費は値切ればいいってものじゃない。 あれ、日本語変? ”贅沢を追求するのではなく、旅の質を下げないための出費は値切るべからず!”  これが、過去8年近く旅行を続けた私の結論! 

あ〜〜、本当に素晴らしい旅行だった〜。





























Wednesday, December 10, 2014

ウズベキスタンより

ウズベキスタンのホテルから自分のブログにアクセスしたら、ちゃんとページが開きました。
デザインが変わってしまっていたのにはびっくり!
タジキスタンからは、どうしても自分のページが開かなくて、お手上げなのです。iPadからなのでそのせいかと思ったら、やっばりタジキスタンのせいだと判明。
ウズベキスタンのホテルでデザインを変更しましたが、どうしても世界時計のリンクだけは、白抜き状態のまま、直せませんでした。

明日、タジキスタンにもどるのでウズベキスタンの旅行の話を更新します。

タジキスタンからだと、私自身、更新はできても、全体のページはみられないんです。
ひどいことになっていたら、メールで教えてください。

Sunday, December 7, 2014

サマルカンドより

ウズベキスタン旅行、進行中です。Mさん抜きとなったこの旅行、色々工夫が必要ですが今日が4日目、何とかなっています。雪もチラつきましたが、ここは砂漠地帯なので降水量は少ないし、やたら乾燥しています。普段水仕事しても、ハンドクリームなんてつけない私の手がガサガサ、唇もしかり。

サマルカンドまでの道のり、国境越えは、ボーダーコントロールで5回か6回、チェックポイントがあって、どこも問題なく通過できたので、ウズベク側で待っているドライバーさんとの待ち合わせ時間よりも早く着いてしまう。。。。。なんて、思っていたら、大間違いでした。
最後のウズベクサイドの入国審査で季節外れの外国人観光客の私達は、たっぷり審査官の好奇心を煽ったようです。国境を越えるのに2時間近くかかってしまいました。

ウズベク側で無事ドライバーさんと会い、そこから6時間のドライブ。6時過ぎにホテルに無事チェックイン。気温は0度くらいでしょうか?お客さんは私達のみ。最初、Mさんの提案で金曜日のお昼すぎに出発する予定でしたが10時間もかかったのだから、朝早く出て正解でした。

ホテルの前で待っていた男性が「シャブカットといいます!あしたのツアーのドライバーです。」と自己紹介してきました。私は、旅行のプランをたてるのに、何度も何度も、私とメールのやり取りをした、あのシャブカットなのかと勘違いして、「色々ありがとう!休暇中なのに、来てくれたのね!」と喜んで握手したのだけど翌日、違うシャブカットだと判明。。。。。。。。喜び過ぎちゃいました。

サマルカンドの2日目は英語を話すガイドさんとドライバーさんつきで1日観光をしました。寒かったです。でも、観光客は少ないし、一杯着込んでましたから凍えずにゆっくり観光できました。サマルカンドがシルクロードの中間都市として栄えた頃の活気を頭にイメージしながら、今まで見たことのないサマルカンドブルーの風景を堪能しました。


実を言うと、予算を節約する為に、私はかなりの時間を費やして計画を立てました。ホテルも一番リーズナブルなランクから選んだし、サマルカンドでの2日目も旅行会社のツアーはやめにしてフリータイムに決めました。これが大正解でした。 マイペースで動けるし、1日目で殆どの目玉は見尽くしているので、2日目はミュージアムに行ってゆっくり見学。Afrasiab Museum と言うミュージアム、日曜日は休館とwebには書いてありましたがひっそりと開いていました。スタッフは私達の来館を知ると、入り口で大喜び。
何日間もお客が無かったのかしら? しばらくすると、コロコロにコートを重ね着した英語のガイドさんが登場して、ガイドをオファーしてきました。皆、久し振りのお客なので大張り切り。

ミュージアムは古代からの遺跡の発掘についてや、出土品などが展示されていて、寒かったけど、とても面白かったです。何と言っても、7世紀に描かれた壁画をこのミュージアムに移動させてきたという巨大ミュール。これは圧巻でした。オリジナルの壁画です。どうやって移動させたのか不思議なのだけどね。7世紀の遺跡が手の届く距離に、それも二人だけで鑑賞できたなんて! 日本ではありえないね。
寒くて鼻水たらしながら、それでもラッキ〜としか思えないミュージアム体験でした。
明日は電車でブハラへ移動します。













Thursday, December 4, 2014

ドタキャンですかー

なんだかいや〜〜な予感がしたのですが、ウズベキスタン大使館にVISAをもらいに一昨日行っておいて良かった。 と、いうのも一緒に行ってくれる予定だった、タジク人のMさん、仕事の都合で行かれなくなってしまったのです。 出発の前日まで忙しくて大使館に行けないといっていたので、私として、前日ってのはちょっと・・・・。 1人で2日前に行くことにしたのです。
が、昨晩になってやはり、ボスが旅行を許可してくれなくなったと。

あちゃー、もう全額支払ってしまいました。 至急エージェンシーに連絡をとって、彼女が宿泊する予定だったシングルの部屋、6泊をキャンセルしてもらいました。 幸い、ペナルティーなしで、返金してくれるって! 善意的なエージェンシーです。 だけど電車のチケットはもう発見しているのでダメだそうです。 仕方ない。

彼女に通訳をしてもらえるから大船に乗ったつもりでいた旅行ですが、ジムと2人だけになってしまいました。もう、なるようになれ〜〜。 そういう気分です。 ドゥシャンベからウズベキスタンへの国橋まではMさんの友達に車で行ってもらうようにお願いしました。 そこで国境コントロールを通過し、ウズベキスタンへは徒歩で。 そこで、ウズベキスタン側のドライバーが私たちを待っていると・・・。 こういう段取り。

ATMはどれくらい頼りにできますか? という質問に、エージェンシーの男性は吹き出していました。 ダメダメ、ATMなんてないと思ってください。 現金を持参してくださいと・・・。

聞いておいて良かった。 だって、アフリカでさえ、ATMはあったしね。 

明日は480キロを車で走ってサマルカンドという街に行きます。 そこで3泊。 インターネットは使えることを信じてiPadは持参します。 

ジムの咳がこじれて、夜、大変なことをになっているのが心配です。 ちょっと高かったけど、相乗りのタクシーでなくて、乗り心地の良いエージェンシーの車を手配して良かったです。6時間以上乗らなくてはいけないから。


あ、今夕方の5時半。 これから天皇誕生日を祝うレセプションに行ってきます。 





Wednesday, December 3, 2014

ウズベキスタン旅行 準備編

いやいや、陸続きのお隣の国、ウズベキスタン、飛行機のらないのだから、もうすこしお手軽に旅行できるのかと思いきや、大間違いでした。
  今回、私のiPadにおしゃべりできる通訳ソフトをインストールして、日本語からロシア語に翻訳、音声で聞こえるよう準備していざ、ウズベク大使館へ!


ウズベク大使館は特別な建物ではなくて、一般の家でした。 ロシア大使館のように重々しいセキュリティーはなんにもなくて、通りからすぐに 4畳半くらいの大きさの部屋に入れて、そこにカウンターがあるだけ。
この国の人達は列を作ることを知らないので、黒山の人だかり。 私は人だかりを押しのけて、カウンターで申請用紙、写真等を提出しました。 そしたら、英語を話すおじさんが、パスポートのコピーがないでしょ! と一括。
え??エージェンシーはそんなことを言ってなかったよ・・・・。 が、大丈夫、50メートルくらい先にコピーやさんがあったので、そこでコピーをとって、再提出。

Mrs Campbell, Mrs Campbell!  呼ばれました。 英語ですか、ロシア語ですか? と聞かれたので英語! とこたえると、なんとも流暢な英語を話す男性で、な〜〜んだ、おしゃべり翻訳機はいらなかった! ウズベキスタン旅行の目的をもう一度確認されました。

で、また、ミセスキャンベル〜! 呼ばれました。 今度は何かと思いきや、『あなたのご主人のVISA代は160ドル、あなたは日本人なので、20ドル、知ってましたか?』
『知ってます。 私、バーゲンなの!』 そう答えました。
待つこと30分で無事28日間のあいだで、20日間滞在可能性なビザをもらいました。

さ〜、ビザがとれたので、今度は旅行会社への支払いです。 ドルで支払う予定なのだけど、今、為替レート、ドルが強いので、銀行にドルがないって???? え〜〜〜!
いくつか銀行をまわって、だけどアメリカのデビットカードでキャッシングできる銀行ってほとんどないのです。困った。

2日がかりでドルをさがし、やっとゲットしました。 
お願いした旅行会社はウズベキスタンの会社。 そのシスターカンパニーがこの街にあるというので、そのオフィスを探して支払いに行かなくてはいけません。

住所は分かっていたのですが、グーグルマップで見てもよくわからない。 電話で待ち合わせをして、連れて行ってもらった場所は アパートの一室でした。それもふる〜〜いアパートのくら〜〜〜い部屋。超怪しい。
笑いながら『あれ?ここ本当に旅行会社? 私、誰だか別の人にお金を払おうとしてないかな? ハハハハハ!』ちょっと
引きつるわたし。
どうみても、旅行会社に見えないし、見えないのは真っ暗だから見えないのか? 停電で・・・。

何か証明できるものありますか? だって、迎えにきた男性はメールで教えてもらっていた男性と違う人で、これってかなり怪しいでしょ?
で、彼は机の引き出しから旅行会社の名刺を取り出しました。 フムフム、会社の名前はあってるね・・・・。 彼はとても知的な感じの若者で英語をキチンと話せる人でした。
彼は、私とウズベキスタンの旅行会社のメールの内容も了承していたので信じる事にしました。

無事に支払いも終了。ここまでやるの、物凄く大変でした。明後日出発。
明日の夜は、大使館主催で、天皇誕生日のレセプションがハイアットホテルで行われます。
海外生活で初めてです。残念ながら、ジムはコンファレンスがあって参加できません。
1人で行ってきます。


Tuesday, December 2, 2014

水漏れ騒動

 先週金曜日にアパートの下の階の住人から水漏れのクレームがあった。
そういえば、私がバスタブにお湯をはってヌクヌクした夜、夜中の12時くらいに階下の住人がドアを叩いて、水漏れがあるって言いに来た事があったっけ。 だけど、あれは半年くらい前の話で、修理人を呼ぶ事もなく、なんとなくそのままになっていた。
バスタブタブにお湯を入れたあとに階下に水漏れがするらしい? と薄々感じていたのだけど、あれ以来何度もバスタブにお湯をはっていた。 だけど、あれ以来クレームはなかった。

プランマーに来てもらうようにお願いして、私は2日間家で待っていたけど、誰も来ない。
ようやく3日目にして大家さんが水道業者さんと電気屋さんを連れてやってきた。 
電気屋さんはもう10ヶ月前くらいにお願いしていた件で・・・・。玄関の天井からぶら下がっているランプを交換してもらったり、電球を取り替えても電球がつかない箇所を直してもらったり。

早速水道業者さんのおじさんに階下に水が漏れていることを伝えたいのだけど、英語が通じない。 これ全てジムの部下に電話して、通訳をお願いしなくてはいけない。
どうやら水漏れはバスタブの下にあるパイプが原因のようで・・・・。 プランマーのおじさんそのパイプを買いに行きました。その間、電気屋さんは玄関付近のランプを交換したり電球をとりかえたり、各部屋を修理してまわります。 私たちはもうこのアパートの電球を取り替える気にさえなりません。 だって、とりかえたところで、翌日にはパーンって爆発しちゃうんだもの。
そう言いたいのだけど、伝えられないし・・・・。 玄関のランプ、とても趣味がいいとは言えない、3色のカサのものに変わりました。 なんだか場末のパブのような・・・・。

その間、階下の住人が訪れてなんやら大家さんと話してる・・・・・。 どうやら水漏れはによるダメージのお金を払って欲しいという内容らしい。

プランマーのおじさんがバスタブからの水漏れとマスターベッドルームのトイレの目詰まりを直し全て仕事を終了。 3人は家の中を散々散らかして、去っていきました。

私は疲労困憊・・・・・。 直ったばかりのトイレで用を足しました。 すると、トイレの水がさがっていかない! まだ詰まっているのです。

私は急いで靴をはくと、5階の階段から階下までを一気に駆け下りて、いま、まさに車でたちさろうとしている水道屋さんを呼び止めました。 トイレット、プロブレム! と叫んで。

帰りかけていた水道屋さんはまた、我が家のトイレに逆戻り。 もう一度、おじさんは手にタオルを巻きつけて、便器の中に腕を押し入れました。 押しても押しても流れなが通らないので、仕方ない、汚水の流れ出すパイプを開けたのです。

あちゃ! パイプを開けて出て聞いたのはトイレットペーパーにまみれた携帯電話。 これ、2週間前に私がなくした携帯です。 トイレに落としてたの????? それが原因でトイレが詰まってしまったのです。 そうとは知らず、プランマーで何百回も目詰まりを直そうと一時間も奮闘した私は手のひらに3つの豆ができて、それが破裂して痛いのなんのって・・・・。

大家さん、大きな声で追加料金はあんたが払えって・・・・これは、タジク語で怒鳴られていたけど、意味はちゃんと通じていましたよ。 私も自分が携帯を落とした手前、仕方ない・・・・。 はらいました。10ドル。

トイレットペーパーに紛れた携帯電話。 2週間もトイレの中にあっただけに、画面も水びたし。 私はプラスティックバックでそれを掴んでゴミ箱に捨てました。 まさか使えないでしょ、これ?
ところが、水道屋さんのおじさん、自分の手の匂いを嗅いで、くせ! って言いながら、私が捨てた携帯電話をゴミ箱から拾い上げると、ちょこっと水で洗ったあとにズボンのポケットに入れて持って帰ってしまいました。 10ドルの手間賃と水浸しの携帯電話。 唖然!

もう、頭がクラックラするくらいストレスがピークに達してしまいました。 大家さんです。男性に顔の前で指を刺されながら怒鳴られるのが、これほどストレスになるとは! この人、元警察官だそうで・・・・。 怒鳴る、怒鳴る。 怒鳴って相手を萎縮させようとする。 
旦那だったら即、離婚です。

もう、倒れこみそうなくらい疲れ果てて、私は家中の散らかりの中から一時逃げ出したくなりました。 バスルームの掃除はあとしようと、ランチを外で食べることにしました。 ブーツを履いて・・・・。 あ〜〜〜〜っ! やられた〜〜〜〜〜! 玄関に置いておいたジムの工具の一つ、プライヤーがないのです。 さっきブーツを脱ぐときに使ったプライヤー。 ブーツのファスナーが壊れてしまったので、これがないと、履いたり脱いだりできないから。 玄関の棚に置いておいたのに、それが消えてる!!!!!!!!

わなわなわな・・・・・。

ジムの工具を私が借りて、それがなくなったとすると、ジムはかなり怒ると想像できるのです。
電気屋さんか、はたまた水道屋さんか、どちらかが、自分の工具と間違えてジムのプライアーを持って帰ってしまったのです。 

すぐにジムの部下にメールをして、返してもらうようにたのみました。 大家さんはすぐに了承して明日、持って行くからって言ってくれました
 これが、どれほどの意味を持つのか? 翌日、なしのつぶて・・・・。

やっぱり、気休めのコメントだったか・・・・。 私、どうも大家さんは信用できないのです。
怒鳴るし、脅かすし、なんでも、『これ、くれないか?』 って聞いてくるし。

ジムのプライアーが戻ってくる可能性はひたすらゼロにちかいのです・・・・。


大家さん、私たちが一週間ウズベキスタンに旅行している間に業者を連れてきて、雪のときに落っこった天井を直すといってきました。 あれは1月でしたからもう11ヶ月近くたっているというのに、撤収前のいまですか、直すの? それも誰もこのアパートにいない間に人を入れるって?????

お断りしました。 今更・・・・・・。 外部から水が入ってこないよう直したのなら、内装はもうどうでもいいです、私たち。 11ヶ月もこの状態だったんですから・・・・。




Sunday, November 30, 2014

日本食レストラン

ドゥシャンベは寿司ブームなんです。私が知っている限りでも4つのレストランがすでにお寿司をメニューに取り入れています。ステーキハウスに別メニューでお寿司があったりするのですが、ここはインランド(内陸国)。グルリを国々に囲まれて、海がない。だから、何となくオーダーする気分になりませんでした。

が日本から、日本人シェフをよんでの日本食レストランがオープンしたのですから、これはチェックせずにはいられませんね!

行って参りました。土曜日の6時半だと言うのに、お客はゼロ? 私たちが一番乗り。ジムの提案でカウンターに陣取りました。

内装は、大きな舞妓さんの写真が壁に3つ。カウンター席は5人分位しかなく、テーブルのレイアウトとか、かなり改善が必要な感じを受ける。。。。

板さんがリングに上る前に、厨房のスタッフや、ウェイトレスがたどたどしい日本語で一番乗りのお客である私達を出迎えてくれました。

タジク人だけど大阪で一年日本語を学んだという、作務衣姿のウェイトレスの笑顔が可愛い!

メニューを拝見。タジク語と英語、両方で書かれていて、写真付き。作った人の苦労が目に浮かぶよう。寿司がメインだけどカツカレーまであるー!

あれもこれも試してみたいけど、この日のお目当はお寿司!

私は”握りの盛り合わせ”を、ジムは”裏巻きの盛り合わせ”をオーダー。 その他、天婦羅、酢の物も。タジクのレストランで良くある光景が、さんざん迷った挙句に選んだオーダー、ウェイターにお願いすると、『あ、それはできません』 『え〜〜〜〜?!』『じゃ、これは?』『あ、それもできないです・・・・。』 じゃ、早い話、どれならできるか言って! こういうパターンに慣れっこなので、選んだメニューが全部オッケーだっていう、その段階から感激。  流石です。

わーい、お通しが出てきた!こんぶとだいこんのにつけ、それにコンニャクのお刺身。
美味しいよ〜!

板さんがお出ましになりました。 無精髭を生やし、60歳くらいでしょうか?  ベテランっぽい風格。 

この板さん、モンゴルで働いていたそうで、内陸には慣れている。それでおよびがかかったようです。 オーナーは日本人で、だけど、いつもタジキスタンにいるわけではないのだそうです。

なんだか私は24年前にタイムスリップしたような感覚に襲われました。 
やっぱり寿司屋さんはカウンターに座って、板さんとお話ししながら食べるのが一番。

私のオーダーした握り盛り合わせは、ずけにしたお魚(なんだか種類がわからなかった、だけど、マグロの代わりだと思うもの)、サーモンが2種類、エビ、いくら、それとマグロっぽいお魚の巻物が1本。 全部美味しかったです。 特に感動したのは海苔が美味しいったら! 

お米は板さんががリサーチして、現地のお米を3種類混ぜて使っているとこのこと、ちょっと長いタイプのお米でした。 これだけはちょっと疑問、私としては。 家で食べている私のお米のほうがお寿司には向いているような気がしたのだけど、原価の関係なのかな?

お味噌汁の代わりに、お吸い物をだしてくれたのはなんだか驚き。 寿司屋さんでお吸い物って初めてだ〜! これも良いアイディアだよね。 だしがよく出ていて、美味しかった。

カウンターの横には個室があって、そこはなんとカラオケになっていました。 時々、蒸気した日本人の若者が急須を抱えてカラオケ室から出てくるところを見ると、どうやら日本人グループのようです。 板さんが曰く、今日は建設関係の人たちのカラオケだよ! そうなんだ。
なんだかタジキスタンにいることを忘れてしまいそうな夜でした。

帰り道、ジムが言いました。 『君、あと2ヶ月くらい、あそこでウェイター、ウェイトレスのトレーニング係として働いたらどう?』

確かにそれは私も思いましたよ、だって、板さん1人で大奮闘しているようだから・・・・。
24年前、蝶ネクタイをつけて、寿司バーのグランドマネージャーをしていた頃の私は31歳。
青春まっただなかでした。


またきま〜〜す!












サンクスギビング

ブロガーブログが開かなくなってしまったのは、どうやらタジク特有の問題のようです。 
全く、お手上げ状態です。 フェスブックにもAmazonにもアクセスできません。
iPadにブロガー用のアプリをインストールして、やっとどうにか新しい記事を更新できるようになりましたけど、ページがどう見えているのか、さっぱり自分ではわかりません。 

話は前後しますが、先週木曜日はサンクスギビングでした。 ターキーを食べた〜〜いと思っているジムは張り切ってローストターキーを焼いてくれましたよ。 鳥の丸焼きなんて私はほとんど経験がないので、ジムに任せっきり。 
が、とうじつ、お昼過ぎに戻ってきて鳥をオーブンに入れる予定だったその本人が仕事に追われて戻ってこないじゃないの! 友達を招待してディナーは6時だというのに。 鳥は3.8キロなので3〜4時間で焼きあがるはず、逆算してえっと2時過ぎにはオーブンに入れないと。。。。

したかない、ウェブでオーブンの温度を確認してから私がオーブンへ! だけど、いつまで待ってもジムが帰ってこない。 だんだん、心配になってくる私。 だって、ひっくり返さなくていいのかな?とか、もう表面がこんがりしてるけど、焼きあがっているじゃないの? とかいろいろ・・・・。 

私に鳥を任せるっていうのは想定外だ。 しらな〜〜い!

案の定、ジムが戻ってチェックした時にはオーバークッキングでした。 

ジムはグレービーがうまくいかなかったと、ちょっと残ねんそうでしたが、1年ぶりのターキーを美味しそうに食べていました。 私も美味しかった。
アメリカ人って本当にターキーが大好き。 ターキーサンドイッチ、これ、誰もが翌日物凄く楽しみにして食べてるものね〜。 

そうだな、日本人で例えると、何に当たるかな? お雑煮????? お雑煮に飽きたら付け焼にしたり、お汁粉にしたり、いろいろバリエーションを変えて楽しむじゃない? あんな感覚かしらね? 食材は全く違うけどさ。

私?  ターキーは嫌いじゃないですけど、アメリカ人ほど執着はないです。 だって子供の頃から食べているものじゃないものね。

土曜日にはターキーにも飽きてきたので(私だけ)、この街に新しくできた日本食レストランに行ってきましたよ。
ホ〜〜〜〜っって感よ。
それについては次のページで!



Saturday, November 29, 2014

ウズベキスタン旅行・12月5日から

さ、仕方ないから過去の写真はいつか解決できることを祈って、新しいこと書きたいと思います。

新しいグリーンカードを発行しました、とイミグレーションがメールをくれました。それが 誕生日だったのは偶然です。 海外生活が長いし、更新手続きでサンフランシスコに行った時に空港ですったもんだしたし、指紋の採取でFBIにクレームつけられるし・・・・、いやいや、ほんっとに大変だったんです、更新手続き。 指紋採取から発行まで早くて9ヶ月かかります、と言われていたのが、6ヶ月でできたなんて、驚き桃の木です。  これ、10年に一度だから仕方ないかな? て思えるけど、これが毎年だったら、私、アメリカ市民になる事を考えるかも・・・。

今、私の新しいグリーンカードはジムのお姉さんの家にあります。 たぶん、アメリカから出張に来る人に持ってきてもらうようお願いすることになると思います。

さて、来週、12月5日からはお隣の国、ウズベキスタンに一週間旅行に行ってきます。国境を車で越えてサマルカンドという町へ向かいます。 そこで3泊し、電車でブカラへ。 そこでまた3泊してまた車でドゥシャンベに戻って来る予定です。 
あと3ヶ月で帰任なので、最後にジムの残った休暇を使おうというプランですが、当の本人は忙しすぎて、プランはすべて私がやる羽目に・・・・。 当初は2週間の予定でプランを立てていましたが、お隣の国だというのに、結構が費用がかさむので、一週間だけに変更。

ジムの元で以前に働いていたタジク女性が一緒に同行してくれることになりました。 これは心強い。 だって、英語が通じないから、タジキスタンもウズベキスタンも・・・・。 彼女はウズベキスタンにいる友達の親戚の家に泊めてもらいましょう! と提案してきました。 オッケー! 

が、これがのちに問題ありということが分かって・・・・。 つまりは観光ビザで旅行する外国人はホテルに滞在しなくてはいけないという法律があるのだそうで・・・・。
滞在証明という証明書を滞在先で作ってもらわなくてはいけないし、とっても面倒なのです。


仕方ない、ホテルに泊まることに変更。 

地元の人たちは乗り合いタクシーで6時間とか7時間とか平気で移動します。 それだとかなり割安に。 だけど、480キロ、帰りが540キロ、それをセダンの車に4人のお客を乗せて8時間とか走るんだよ・・・・。 これは私としてはパスしたい。

それに、旅行会社の手配するドライバーを使わないと、ビザを取るためのインビテーションレターを旅行会社に作ってもらえないと言われ、しかたなく了承。(私としてはホッとしてる!) 一週間の旅行プランができました。
値切ったよ、シーズンオフの旅行だからさ! だけど、あまり値引きはしてもらえませんでした。
現在、旅行会社がビザの手配を進めてくれているのだけど、10ビジネスデー経っても許可がおりません。 あと数日しかないのに、ちょっと心配。 許可が降りたら、 ウズベキスタン大使館に行ってビザをもらいます。 

ウズベキスタンはシルクロードでも有名な歴史ある国。 ウェブで調べてみると、結構面白い。 
写真をいっぱい撮ってきたいと思います。 そのためにも雨が降らないことを祈りたいです。
現在のタジキスタンの気温は0度から7〜8度って感じでしょうか? ウズベキスタンもほぼ同じでしょう。 おとといは雪がちらつきました。 とにかく寒い旅行になりそうだけど、いっぱいきこんで、楽しみたいと思います。 月曜日にはビザがおりますように! 


Friday, November 28, 2014

久しぶりにアップデートします

最後に書いた私のブログは確か、グリーンカードの更新の話だったと・・・・・。
時は流れて今は11月の末・・・・。 私のラップトップが壊れてアメリカで修理しようとしたのだけど、途中、イスタンブール空港で没収されてしまい、アメリカには持って行けずじまい。 壊れたままのラップトップは8月にジムがアメリカからの帰り道にピックアップしました。

で、私はiPadだけでメールをチェックしているのだけど、どういうわけか、私のブログが開かなくなってしまったのです。 ちゃんとログインして私のブログには入れるのだけど、以前書いたページが開かない。 新しく投稿しようとしてもそれが公開できないのです。 で、ずっと休業していたわけ・・・・。 お友達の報告によると、私のブログちゃんと見れてるよと。 でも、肝心の私が更新できなくなってしまったのです。 

今日、iPad様のブロガーアプリをインストールしたところ、更新ができるようになりました。 だけど、過去のページの写真がすべて空欄になっていて、私のiPadからは見られません。 文字は読めるけど。 

さて、久しぶりに近況を報告したいと思います!


Sunday, June 29, 2014

グリーカードの更新を終えて

3月の末から私はカリフォルニアに行っていました。 グリーンカード更新のためです。
いろいろなケースを想定して、準備万端で臨みました。 ジムが一緒でないので、サンフランシスコの空港入国でトラブルかもしれない事も想定内でした。

だけど〜〜〜〜、ここまでトラブルとは! 2時間20分も別室送りにされ、挙句の果てに、私のケースは例外にあたるから、どんなに長く海外に滞在したとしても、ご主人のプロジェクトが続く限り、問題なし! 『 だから言ったじゃない!』 私を取り調べたオフィサーがUSAID を知らなかったことが全ての原因でした。トホホ・・・・。

さい先の悪いスタートで、この先の困難を暗示するような・・・・。

翌日はオンラインで予約をしていたサンフランシスコイミグレーションでカードの延長スタンプを拒否される始末。  これは想定外だ〜。


このあと、私はジムの家族のいるレークカウンティーへ滞在しながら更新手続きを続けたのです。 挙句の果てに、採取された指紋、FBIが読み取れないからという理由で、再度出頭の手紙がきたり・・・・。

それ以外に、ジムのお姉さん家族の利用している歯医者さんに予約をとって、チェックアップに。 がそこで作り直したクラウンがどうにもこうにもあっていないようで、今でもまだ不具合が・・・・。 これもめったにない事だよね。

私の指紋採取は2回目もたぶん、駄目だと思いますよと言われていたので、2回目、FBIが却下した時のために無犯罪証明書というのを申請してカリフォルニアを後にしました。 もし駄目だった時はこれをイミグレーションに送ればいいというので。

これだけでも十分精神的にヨレヨレです。
後日談ですが、2回目にとった指紋は無事に審査されたようで、無犯罪証明書は送らずにすんだのです。 これは良かった。 だって、過去10年住んでいた場所の犯罪証明と言われたら大変でしょ?  えっと、カリフォルニア、チャド、マラウイ、コンゴ、ジンバブエ、そしてタジキスタン。 無理だ〜。


私としては、来年の春にカードが出来上がったとしても、それをタジキスタンに転送してもらうのはあまりに、リスクが高すぎる。 なくなったりしたりしたら・・・・。
だから5月の4日までの延長スタンプを押してもらったのです。 それもイミグレーションの窓口ははじめは絶対に押しません。 って言いきってた。 上司が出てきて、この人も押しません。 と。

だけど、それでもくいさがり、さいごはいやいや押してもらえました。

なんでなんだ、移民局というのは、なんで、こんなに意地悪なんだ。 上から目線だし。
だって、あなた、あなたの祖先だって、移民でしょ?! 私はそういいたかったよ。


あ〜、今回のトリップは心身共にくったくたの旅でした。

Thursday, March 20, 2014

ダイニングから出火

先週会った友達が自分のアパートの下の階から火がでて、それも夜中に・・・。 大変な目にあったと・・・・。
もう、そこには住めないので引っ越した。 と、話していました。 この国は電圧があがったり下がったり極端で、漏電したりしてとても危険なのです。 
そういう話をしていたばかりでした。


そうしたら、今朝、我が家のダイニングのプラグから火がでました。 それも何も繋いでいなかったプラグからです。 



そういえばです・・・・。 先週の火曜日、イミグレーション宛にオンラインで手続きをしていた時です。 なんだか電気が焦げたようなにおいがしていました。 私の犬のような臭覚がそれをキャッチ・・・。 でもどこからその臭いがしていたのか、判別できずじまい。 きっとご近所で何か燃えたのかな? と思っていたのです。

が、それから9日たった今日、ジムが朝食の時に電子レンジを使って・・・。 すると、バチンッ! とブレーカーが落ちました。 使用電力が多すぎてブレーカーが落ちたという経験は今まで、一度もありませんでした。おかしいな・・・。 (使いすぎのはずがないのです。) 

一応、ブレーカーをあげる前に使っていたオイルヒーター等をきり、再びブレーカーをあげました。 

それから一分もたたないうちです。 ジムが『Shit!』 と叫んでいるので振り向くと、壁から火が出てました。

ジムは近くにあった、ほうきで叩いて消火。

しばらく私は放心状態。

使っていないプラグから出火?


ジム曰く、ブレーカーをあげたのがトリガーになって、配線のショートした部分から発火したのだろうと・・・・。

この国の建築は安い電線を使っているので、簡単にショートして、そこから発火、火事になるケースが多いらしいのです。 

そういえば、我がアパートに消火器ってものがないじゃないの????
用心深いジムが最初のショッピングの時に消火器を忘れていたっていうのは意外。
私? 気がつきませんでした。
今までの国ではあったような気がする・・・・。

エレクトリシャンが来て、ショートした部分を切り取り、テープを巻いて、
又、出火しないようにしてくれましたが、大家さんに見せたかったので、プラグのプラスティックは付け替えませんでした。

で私、午前中に消火器を買いにあちこち歩きました。 が、見つからない。 バザールで見つけたけど、2011、2012、2013 とラベルに書いてある。 どう見ても古いものだと思うのだけど、店主は2014年、2015年までオッケーだと言い張る。

買いませんでしたよ。

で、万策つきて、オフィスのスタッフに相談。
午後になってドライバーさんが1つの消火器を抱えてアパートに届けてくれました。

喜んだ私! 明日からこの国は休日に入ってしまうので、しばらくお店は開かないからです。


あれ? よく見たら、同じタイプの消火器なんだけど、私が見つけた物より1年古い表示がついてるんだけど?????? つまり2010、2011、2012。

は・・・・・・・。こりゃ、古すぎでしょ? 

ま、とりあえず、何もないより良いかな?

消防署が近くにあるので、そこに言って聞いてみるしかないのかな????

天井が落っこちたダイニングルームでは壁のスイッチを入れるたびにシャンデリアの電球がパ〜〜ンと破裂しながら電球が何メートルもすっ飛んで落ちて来ます。 ここ3回、つけて、3回、破裂。

このシャンデリア、最初の1年は全然問題なかったのに、天井が落ちてから、どうも配線に問題がでたようで・・・・。 

この国、住むのは超楽なんだけど、危険が一杯。 
火事だけはなんとしても避けなくては。

ジムは昼休みにスモークディテクターを探しに行くって言ってました。 煙探知機です。
だけど、この町に気の利いた煙探知機が売ってるかな? 






Tuesday, March 18, 2014

異例の早さで面接が決定

3月11日にプルプルしながら使い慣れないジムのラップトップを拝借してグリーンカードの更新手続きをした私でした。 
ウェブで去年から一昨年あたりに同じ手続きを行なった日本人のブログ情報だけが頼り。オンライン手続きから3日後くらいに”受領書” が送られて来る事。
又、オンライン手続きから2週間程で面接の日程を知らせる手紙が来る そしてその面接は約10日先だと。

これが私が調べた情報。だからオンラインから面接までは約一ヶ月。

何度もカレンダーと睨めっこ。 私が滞在している間に面接が来るように・・・。
だけど、相手はイミグレーション。  
早くなるってことはまずあり得ないだろうが、手続きが遅くなる可能性は大いにある。
だからお姉さんの家に到着後2週間以上滞在するよう、予定を組んだのです。

が!

3/11 オンライン
そして 3/17 面接のアポイントメントレターが来る
面接が4/3

というあり得ないスピードで手紙がお姉さんの家に送られてきたのです。 

1週間以内にアポの連絡が届くなんていうのは聞いた事ないです。
Notice Date が3/13になっているところを見ると、11日にオンラインファイルされて2日後にはもう面接の日程が決まっていた事になります。

たぶん、私が指紋をとりに行くSanta Rosa Application Support Center が忙しくなかった! と言う事なのだと理解します。 サンフランシスコやサンノゼだともっと大勢のグリーンカード保持者が手続きをするでしょうからね。 サンタローザオフィスはガラガラ?

結果、私がお姉さんの家に到着した翌日の1時が面接。 あと1日前にオンラインで手続きしてたら、私が到着する日に面接になっていたかもしれません。 あぶなかった〜〜。

と、言う事でサンフランシスコ到着、翌日、サンフランシスコのイミグレーションで延長スタンプを押してもらう、そしてお姉さんの家に向かい、翌日がバイオメトリック面接だと。なんと無駄のない動きなの!

少しでも日本の滞在を長くしたいので、私はサンフランシスコから日本行きの飛行機を変更しようと思います。 



今朝、起床後、直ぐにオンラインで4月2日のサンフランシスフィールドオフィスでの予約をとりました。 これは指紋面接とは別件です。 オフィサーに直接会って、パスポートにグリンカードの1年延期を示すスタンプを押してもらう為のアポです。 
新しいグリーンカードの手続きが無事終了しても実際にカードが発行されるのが何時になるかわからないから。 今現在発行がかなり遅れているらしいのです。 約9ヶ月?

だから1年延期のスタンプを押してもらって、来年の帰国にカードが手元になくてもそれで入国できるようにするためです。 

タジキスタンはアメリカより12時間くらい時間が進んでいるので、無事、4月2日のアポイントをとれました! これはチャイナタウンの側のようです。 朝、8時半だよ!

あとは入国審査だけだね! Wish me luck!




Tuesday, March 11, 2014

10年ものグリーンカードの更新を済ませました

たった今、10年もののグリーンカードの更新手続きをオンラインで済ませました。 
光陰矢の如し。 

今の10年もののグリーンカードがイミグレーションから送られて来た時、私はたしかヘアカットの為に美容院にいました。 カリフォルニアのです。 『君が首をなが〜〜くして待っていたグリーカードが無事に届いたようだよ、おめでとう!』 とジムが携帯に連絡をくれたのでした。

あれから10年か・・・・・・。

きれるのは今年の5月14日。 このカードの更新手続きの為にもう半年くらい前から私はソワソワと準備を始めていました。 オンラインで申請はできます。 だけど、指紋をとるための面接にどうしてもアメリカに戻らなくてはいけないんです・・・。 何時、それを実行するか、あれや、これや考え抜いていたのです。 だって面接の日程はイミグレーションが決めるので、オンラインで申請してからタイミング良く私がカリフォルニアにいられるように、インターネットで色々な人の経験談等を調べ、そして滞在期間を3週間と決め、飛行機を手配。 私の計算通り、面接の日が4月3日から18日の間にありますように、そこのところ、どうぞよろしくお願いしますね、ガーディアンエンジェル達・・・・。

アメリカだというのに、オンライン申請するのにはブラウザーがネットスケープ、又はエクスプローラー、どちらかが必要って、どういうこと?
たしか10年前もイミグレーションの手続きでジムのコンピュターを借りた覚えがあったけど、(イミグレーションのシステムはマックのブラウザーに対応してなかったから)あれから10年もたっているのに、まだマックのシステムに対応してないんて、がっかりだぜ、イミグレーション!

でもって、ジムのラップトップを借り、インターネットが途中で切れない事を祈りつつ、オンラインで申請しました。 最後は450ドルの支払いが待っていて、これはクレジットで・・・・. これまたドッキドキ。 クレジットカードの手続きは往々にして途中で駄目になるケースが多いから。

だけど、神様、仏様、氏神様、ありがとう。無事に最後までたどり着いて、コンファメーションをプリントできました。バーコードがついてる!

あとは4月1日にサンフランシスコから入国。 これが次の難関です。 

とにかく申請は終了。 ホ〜〜〜〜〜っ。



Thursday, February 27, 2014

プラザビルディングで!

ジムと私の会話です。 

ジム:『来週の水曜と木曜はビジネススタイルで行くから。』
朋:『わかった!』

ジムは仕事に行く時、たいていジーンズで行きます。 かなりカジュアルです。 が、省庁と人と会う日等はちゃんとしたビジネス用のパンツにネクタイをして行きます。 滅多にネクタイまではしませんけど・・・・。
でもって、来週は2日間、ネクタイだと・・・・そう私に言ったのです。 

パンツ、シャツ、アイロンオッケー!

火曜日の夜になって、ジムが言いました。
『木曜日のランチタイム、君、プラザビルディングに来ない?』

何を言いたいのか、全く理解不明でしょ? これだけで何がどうなってるのか、理解するのは無理です。

1つ1つ誘導尋問でやっと内容が見えてきました。

つまり〜〜〜〜〜、今週、水曜と木曜、DAIが主催のコンファレンスがプラザビルディングで開催されるそうで、80名の人が参加。 在タジキスタンアメリカ大使まで出席。15名のウォーターユーザーアソシエーションの人達が地方から出てきて泊まりがけだそうで・・・。
そこでジムは2日間、プレゼンテーションをすると・・・・。ローカルTVまで入って放送されるっていう、一大イベント。 でもって、プラザビルディングの最上階からの眺めが素晴らしいので2日目のランチタイムにその景色を君にも見せたい。

こういう内容だったのです。 ま〜〜ここのところ忙しくて、帰りも遅いしと思ったら、このコンファレンスの準備だったのです。 何も言わないんだもん。な〜〜んも知りませんでした。

ジム: 『2日目、君の名前も参加者名簿に入れておくから、ランチタイムにプラザに登っておいで。』

この日、私は体調を崩し、熱と頭痛で起きられませんでした。 残念・・・・・。

何も話してくれず、何をしてるのか、何を考えてるのか全くわからないんだけど、
屋上からの景色を見せたい。

ちょっと変ってると思いません? コンファレンスは丸2日続いたわけで、ランチタイムに抜け出して屋上まで一緒に行こうっていうの?

すごく、これジムっぽいです。 私に何も話していないのに、私がジムのやっている事を理解しているだろうって思っているところがあるのです。

『え、え? 何時に何処で? 何の為に?』 って私がパニックしながら質問攻めにしないとジムの意図が見えてこないのです。 


2日間私は熱と嘔吐、プラス片頭痛に苦しみました。 ごめん、ローカルTVを見ている余裕さえなかったよ・・・・。 

翌日、スタッフが写真を送ってくれました。 うわ〜、凄いコンファレンスルームだこと! これはジムが私を招いてツアーしたくなる気持ちもわからないでもないかな?
このお部屋に比べたらNECのボードルームはなんとさっぱりなんでしょ! 
ジムは誰かと話しているのかな? 横向いてるけど?





20レイヤーのマトリョーシカ

ジムのスタッフの1人にロシア人女性がいます。 彼女が休暇でモスクワに戻った時、お土産にこんな素敵なものを持って来てくれました。 マトリョーシカです。

まんまる太ったこのマトリョーシカ、ジムが1つ1つ開けて中の人形を数えました。
17個だ! ジムはそういって最後の小さい人形を私に見せました。


翌日、もう一度私が1つ1つ開いて見ると、17個目の小さい人形がまた、パカッと割れて中からもう1つ。 それが最後かと思いきや、もう1つ、そしてまたもう1つ。
最後の最後は6ミリくらいの小さい人形で、どこが顔なのかわからない程小さい。20レイヤーでした。

マトリョーシカを見るたびに私は胸がキュンと痛くなるのです。 それは小学生の頃にみた映画、『小さな逃亡者』 を思い出すから。
父親に会うためにソビエトまで1人で旅をする少年の話で、その子がマトリョーシカに自分の願いを込める・・・・。 するとそれが現実となって・・・。
ハッピーエンドではないのだけど、あの映画を見た時の衝撃が凄すぎて、今でもマトリョーシカを見るとなんだかとても切なくなるのです。

このマトリョーシカはちょっとモダンな顔をしてますね。 だけど、全部これ手書きです。

マトリョーシカ。 これ、大事にしたいです。

最後から2つめ。
一番最後。


Saturday, February 8, 2014

ベーコンの捧げもの

ちょっと私にとって、クスって笑ってしまうような事・・・書いておきます。

ベーコン。 たかが、ベーコン、されどベーコン。

ジムはベーコンが大好きなんです。 だけど、健康を考えて、食べるのは週末に1度だけ、と自分で決めているようなんです。 
タジキスタンはモスリムの国なので、ポークは売っていないのですが、ベーコンだけはスーパーにも売っているのです。 これが薄切りで結構美味しい。

週末、私は寝坊するこにしています。 私はキッチンからのベーコンとトーストのにおいで目を醒します。 

すでにカリカリベーコンが出来上がって、ジムはたいていもう食べ終わっています。 だけど、キッチンの片隅にペーパータオルに丁寧に包まったカリカリベーコンがいつも置いてあるのです。 

ここです。

私達、タジキスタンでは何度もシビアな喧嘩を繰り広げているのですが、喧嘩のまっただ中で口もきかない時でさえも、絶対にこのペーパータオルに包まったカリカリベーコンが置いてあるのです。  もし私だったら絶対にジムの分をとってはおかないなって確信します。 だって大げんか中よ!このジムの行動はどういう意味なのでしょう?


  1. 作りすぎたので、後で自分で食べようと思っておいてある? 
  2. 私の分として置いてある?
答えはたぶん、#2?

昨日の土曜日、現在私達は喧嘩中ではありません。 後から起きてきた私は最近ちょっと太りぎみなので、カロリーを制限しようと思って、無糖ヨーグルトにキーウィを入れて食べていると・・・・。
『ハイ、君の分!』 とペーパータオルに包まったカリカリベーコンをジムが私に差し出しました。
まるで大事なものを捧げるように。

私にとって、ベーコンはどれだけ大事かっていうと????? なくてもいいかな? っていうくらいの存在なのだけど、大げんかの最中でさえ、ジムは私の分のベーコンを大事にとって置いておく。 なんだか可笑しいでしょ! 

こんなに美味しいものを君の為にとっておいたよ。 という行動なのでしょう。

昨日は夕飯の時に 『君、あれ、どうした? 食べたの?』って聞いてきました。 私は
何の事を言っているのか直ぐにわかりませんでしたが、ベーコンの捧げものの事だったようで。 『うん、食べたよ。 ありがとう。』 

そう言いましたよ。 

たかがベーコン、されどベーコンなんです。 こういうとこ、ちょっと憎めないのです。





2週間ぶりの青空、そして水漏れ

関東は何十年ぶりかの大雪だそうで、家にこもってオリンピックを見ている人が多いのでは? 交通機関が不通になったりもしているようですね・・・・。 

こちら2週間前から急激に寒くなって、最低気温はマイナス19度。 毎日最高気温が0度かそれ以下。 マイナス15度くらいだど、外に出た時に鼻毛が凍ります。
町はバスが通る大通りは除雪車が除雪しているらしく、車は普通に走っています。 バスもタクシーも。 だからジムのオフィスもクローズせずに通常業務です。 ジムは歩いて通勤なので休みはありえません。

昨日の土曜日、2週間ぶりに青空が見えました。 青空と雪とのコントラストが綺麗です。 窓からジムが写真をとりました。 








夕方、2人で食料の買い出しに・・・・・。 途中オフィスに立ち寄ってちょっと用事を・・・。 と思いゲートのベルをならし続けたのですが、セキュリティーの人が対応してくれません。 仕方ない、中に入るのを諦めました。 帰りにもう一度寄ってみよう・・・・・・.

食料の買い出しにはジムがバックパックを背負って行ってくれるので、重たいものは全てジムが運んでくれます。 今回は珍しく400ソモニを超えるお買い物。 バックパックいっぱいと手荷物が3つ。 これ全部で400ソモニってことは約80ドル。 

帰りにオフィスに立ち寄るとゲートが開いていて、スタッフが出入りしていました。 変だな? 土曜日なのに・・・・。

中に入るとオフィスは大変な事態になっていました。 天井にある湯沸かし用のタンクのパイプが破裂して水漏れ。 建物は地下を入れて3フロアーあるのですが、その全てのフロアの天井から雨のように水がしたたっているのです。 ジムのオフィスは2階。 1人部屋ですが、ジムの部屋が一番最悪の状態でした。 天井のから滴り落ちる水で床一面水浸し、机の上に置いてあったラップトップまで濡れてしまいました。 バケツがあちこちに置かれて、水を受け止めますが、したたる水の位置があまりに多いので、バケツがたりません。
タンクは天井裏に設置されているそうで、天井裏を覗くと10センチ以上、水が床に貯まっていると・・・・。

呼び出されたスタッフ数名とナイトガード、それに大屋さん、みな、寒いなか水の始末・・・・。 

ジムの大事なファイルや資料も濡れてしまいました。 

大屋さん曰く、『タジキスタン プロブレ〜〜ム!』 

いつもなら買物の帰りにオフィスに立ち寄ったりしないのに、これって虫の知らせっていうやつでしょうかね? 

温水器に繋がるパイプの蛇口を閉めたので、これで全部水が滴り落ちた後は水漏れがとまるはずですが・・・・・。 月曜日、ジムのラプトップは動くのでしょうか?

カボディアン出張、だけど大雪

2週間前の金曜日、タジキスタンに赴任してから珍しくジムが私を出張に誘ってくれたのです。 マラウイでは出張はいつも一緒でした。 北から南まで、2人で色々まわりました。 私の役割はGPSに位置を入力する事。 それとカメラマン。 ジムが熱をだして倒れた時はバックアップのドライバー・・・・。 


で、初めての出張はアメリカから短期出張できているスタッフも一緒。 セダンの後部座席に通訳の男性と3人乗って、3時間と少しのドライブでカボディアンという町に到着。

町に一軒しかないというレストランで夕飯を食べてからゲストハウスへ。ゲストハウスは綺麗な一軒家で、出張者用のベッドが並んでいます。 女子用と男子用に別れていて、各部屋にはクーラー兼ヒーターが壁に取り付けてありました。 寒かったので直ぐにそれをオンにして、待つ事30分。 が、一向に暖かくなりません。 
電力が弱すぎて電気製品がちゃんと機能しないのだそうで・・・・。 無用の長物。 

寒い!

男子の部屋にダルマストーブがあったので、そのストーブに木を焼べて暖めて、ポーカーをして楽しみました。 遠足気分で楽しいっ!

翌、土曜日、私達はスケジュールが一杯でした。 USAIDプロジェクトで作った灌漑用用水路のゲートの視察。 ウォーターユーザーアソシエーションの代表者とミーティング・・・・。 
ところが、起床して外にあるトイレに行こうとしてびっくり。 一面の銀世界。 20センチくらい雪が積もってるじゃないですか! ドゥシャンベより南のこの町で雪が積もるのは珍しいのだそうです。 

結局、この日、私達は予定していた視察は近くにある用水路だけにして、ドゥシャンベに向けて直ぐに引き返す事になったのです。 
車のタイヤ? チェーンなんてつけていないし、雪に対応する特別なものでもありません。 つまりは普通のタイヤで4時間以上雪の中を走らなくてはいけないのです。 途中、何台の車がスリップして立ち往生したり、衝突事故を起こしたりしていました。 かなり危険な行程でしたが、ドライバーさん、頑張りました。 無事にドゥシャンベに到着。

ジムはがっかりしてました。 通訳の人をかいして、色々アポイントをとっていた大事な出張だったからです。 だけど、無事に戻れただけでもラッキーと思わないと・・・。

一軒だけ早朝に訪問する事を予定していたウォーターユーザーアソシエーションの代表者が私達のゲストハウスまで出向いてくれてミーティング。 通訳の男性を介しての会話が続きます。 部屋に暖房がないので、寒い〜〜〜〜!お茶を淹れる私。 だれも私がジムのワイフだとは思ってない様子。(こういう場合、お手伝いさんに徹する!) 
ファーマーや地主さんたちがどれだけこのプロジェクトに感謝しているか、彼等はジムにそう伝えていました。 今まで壊れたりして使えなかった灌漑用水路を直したりして使えるようにしてもらったからです。写真は彼等が案内してくれた用水路のゲートです。 皆がジムの事をMr. James って呼んでいるのが印象的でした。
Water User Association の人とジム、そしてアメリカから
出張しているスタッフ。


USAID のスティッカーがついています。


ほんの少しでしたが、ジムがどんな仕事をこの国でやっているのか、垣間みる事ができて私はとってもハッピーでした。