Saturday, October 15, 2011

エチオピアエアライン

昨日、ジムが早朝に空港に向かったのが5時すぎだった。 空港までは50分のドライブ。 レンターカーのドライバーには僕を見送った後、マダム(私の事)が車が必要なのでタウンハウスに戻って欲しい・・・・と伝えてもらっていた。 なのに待てど暮らせど車が戻って来なかった。 こういう場合、電話で連絡しよう! というほど気の利くドライバーではない。 こちらから何度電話してもでない・・・・・。 なんだか変だ。

ジムか飛行機にちゃんと搭乗できたことを確認してから戻ってきたとしても10時には戻っていいはず。 

結局戻って来たのは午後の2時。 『何やってたの?』

ドライバーは信号機がついてまださほど時間の経たないキンシャサで、ポリスに止められ警察署までまで出頭していたそうだ。 車線の間違え。 $60の罰金。 もちろん彼が$60も携帯しているわけがない。 彼は知り合いの警察官に電話して助けを求めた。 結局$10払いやっと帰らせてもらったと.....。 9時に捕まり、戻って来たのが5時間後。

あ〜〜〜今日の私のスケジュールがめちゃくちゃだ....。 

疲れ果てて戻って来たドライバーに30分の休憩をとらせ、そのあとエチオピアエアラインオフィスに出向いた。 彼が知ってる! と言っていたオフィスはただの旅行会社だった。 

やっとオフィスを見つけたものの、すでにクローズ。

どうしてくれるの! 今日の私のスケジュール。 明日からはレンターカーを使う予定じゃかったのに。 明日の朝、もう一度エチオピアエアラインに行かなくてはいけない。 
でも$75は払わないから! 今日、あなたが戻って来なかった事が原因だから。

かっこい〜〜! (拍手!)


キャロルから学んだ強気の態度。 

こういう時のドライバーは借りて来た猫みたいだ。 

彼は土曜日の朝、もう一度エチオピアエアラインまで私を連れていく事を了承した。 ただで。

結果、エチオピアエアラインではお預け荷物が1人1個まで。 30キロ。 それ以上預けたい時は1キロあたり$8徴収されるということがわかった。

さ〜〜、どうする? 運送会社を使いアフリカの国からアフリカの国に荷物を送ることはどれだけリスキーか、痛い程経験している。 35箱、マラウイから送った荷物は結局33個しか届いていない。 もう諦めた、あと2つは。 だけど払うべき料金は踏み倒していきますよ! なくなった荷物の賠償金として。

世界一酷いキンシャサ空港に余剰荷物抱え込み、追加料金を払いながら自分たちと一緒に運ぶか? それとも運送会社に頼むか? もちろん全部の荷物をお預け荷物にするのは無理だけどね・・・・・。

空港に持ち込んだ荷物は警察官が依ってたかって全部を開けさせ、中を物色するに違いない。考えただけでもおぞましい風景だわ・・・・。 



Thursday, October 13, 2011

FOR SALE

あと2週間と3日でこの町を出発しなくてはいけない。 まだ何も決まっていない。 どこの運送会社を使うのか? どれだけの荷物を持って行けるのか? アメリカに送り戻す物は? 

なんせ大荷物を抱えてきている私たち、鍋釜はもちろん、マウンテンバイク2台、電子ピアノ、背骨矯正用マットレス、大きな壼、 カメレオンの木彫り(これ巨大)・・・・・。

コンテナーで家財道具一式運んでくれるような待遇ならいいのだが、そうじゃない。 何千ドルも払ってエアで送るしかない。 かさばる毛布等はこの町で寄付して行こうと思う。

今はただ電化製製品と家具を売り払う作業に集中だ。 
醤油やオリーブオイルはあっという間に売れて、その他食器、お気に入りのご飯用ボール、電子レンジ、ミシン、洗濯機が売れた。  
インターナショナルウーマンズクラブのメンバーからのコンタクトが途絶えたので、今度はA4サイズのコピー用紙を3枚繋げたバナーを作り、レンタカーの後ろに貼付けた。 あっという間に電話がかかって来た。 ”車 For Sale なんでしょ?” っと。 

”ちがうっ!” For Sale の赤字の下に冷蔵庫、洗濯機、乾燥機、家具等って買いてあったでしょ? 車はあれ、レンタカーだから・・・・売りたくても売れません。

今朝の5時半にジムはゴマに向けて出発した。 ゴマ、ブカブのベースで最後の仕事をするため。 皆にお別れも・・・・・・。 

ハラレには11月1日に出発と決定。 エチオピアエアラインがここキンシャサから出ていて、アジスアベバへ・・・・。 そこで13時間時間を潰し、翌朝アジスからハラレへ。 合計22時間程かかるらしい。 

今日はこれからエチオピアエアライン窓口まで行って、チケットの値段を調べることと、余剰の荷持をチェックインした場合、幾ら請求されるか、聞いてこようと思う。 英語ができる人がいますように・・・・・。

グッドニュースはこのタウンハウス#90はIMCが引き続きキープしてくれるそうだ。 だから壁のペンキ塗りとか、心配する必要がなくなった。 それに万が一売れ残ったものが出たとしても、置いていけば良い・・・・。 
これは私達にとって本当に良いニュースだった。 

ハラレでは私達専用の家は当面もてないのだそうだ。 ゲストハウスに他の人と一緒に住むのだそうだ・・・・。 でも今度は私達以外に1人だけだって・・・・。
ワイフと一緒にゲストハウスに住むのはルールに反するっ?  でもでも、でも、既に私、ブカブで2ヶ月以上皆と一緒に住んでました! 
”誰からもクレームはでなかったよ” とジム。 クレームがないという事はオッケーだということで、ハラレでの私の同居も許可された。 フー・・・・・・ッ。ダメって言われても、どうしろって言うのよ? 自腹で家借りるの? 

しばらくは同居だけど、近い将来、ジムが新しいグラント(プロジェクトの資金)をIMCジンバブエに持ってくる事ができれば、そこにはちゃんと私達の家の予算も組まれることになるだろう。 
それまでの我慢だ! 

さ、今日も電化製品と家具を売ります! もう〜値段安くしてでも売ります、はい。

Wednesday, October 12, 2011

副乳

火曜日に予約を入れていたジムのブカブ往きのUNフライト、結局キャンセルになってしまった。 な〜〜んだ、それだったらもう少し喧嘩しててもよかったかな? なんて?

金曜日に取り直したので、それまでキンシャサで一緒に過ごすことになった。 嬉しいような戻ってくるのが遅くなるので、困ったような複雑な気分だ。 

と、いうわけで夕べはテニスレッスンを2人で受けた。 15分ずつ・・・・。 終わってコーチなしで2人で乱打してみたのだが、ぜ〜〜んぜん違うのね、コーチとやるときと。 コーチと打ち合うと自分まで上手になったような気になるのは、コーチがちゃんと打ちやすいボールを返してくれるからだ。 ジムと2人だと球拾いばかり・・・・。

ボール拾いに懸命になっていたらゴ〜〜〜〜という音と共に白っぽいガスがテニスコートの横に迫って来た。 これはタウンハウス内で週に1度散布している農薬。草や木がいっぱい植えられているので、その植木達に向けてガスマスクをした男性が機材を担ぎながらもの凄い勢いで農薬を散布して歩いているのだ。

ジムは真っ先にラケットを抱え、コートを飛び出した。 農薬の専門家らしい動き!<ジムのことです> こういう時スプレーがどれ程人間に有毒かよくわかっているから。

ジムと私はテニスコートを飛び出し、直ぐ隣りにあるジム(ジムナスティック)に駆け込んだ。 ジムにはスチームバス、ジャクジー、そしてウェートコントロール用のマシーン、トレッドミルが置いてある。農薬散布が一段落するまでそこで過ごすことにした。 ジムにはトレーナーが何時も待機している。 私がわけのわからない筋肉増強マシーンに興味を示すと、トレーナーがやってきて、重りの重量を一番軽いものに変えてくれた。 イナイイナイバー状態で肩甲骨のあたりの筋肉をトレーニングするマシーン、これが結構気持ち良い。 コンピュターばかりやっていて前肩になりがちな姿勢を矯正してくれる。 これ、バストアップにも良さそうだしね・・・・。

肩の凝りをほぐしたくて、幾つかマシーンを試してみた。 
と、いうのも右の脇の下あたりが一ヶ月程痛くって、横になった時も痛いし、なかなか治らないのでダンダン心配になってきたのだ。 これは肩こりのせいかも???? 
もしくは感染症にかかってリンパ腺が腫れているせい?  が一月たっても治らないのは変じゃない? 乳がん? いや、乳腺症?   あと数週間でこの国をでなくてはいけないという大事な時に・・・・.

ジムに相談したが、違うでしょ、相談する相手が!と。 日本大使館のドクターに相談したら? が、大使館在中のドクターは大使館関係の家族専門だと聞いている。 が、だめ元で電話してみた。

ドクターは大使館関係者でない私を快く診てくれた。 ありがたい、日本語で症状を説明できるのは。 
このドクター、乳がんについても詳しいそうで触診のあと、直ぐに『これはリンパじゃないね。 リンパ腺は全然腫れてないよ・・・・。』と。

結局 ”副乳” がホルモンの関係で痛みを発しているのだと・・・。 ”副乳?” そういえば小さかった頃に母がこれは2番目、3晩目のおっぱいだよって教えてくれたことがあった。 だけど、誰にも言うんじゃないよって・・・・・。 なんだか不思議な気分になった覚えがある。 3つ目、4つ目のおっぱい。

インターネットで調べてみた。 『あれ、これってみんな持ってるものじゃないの?』 
ジムに言っても、『なんだそりゃ? 3つ目のおっぱいなんて、そりゃ、男にしてみたら夢みたいな話だね!』だって。 本気に聞いてくれませんでした。知らないみたいです副乳のこと。

でもあるんです。何パーセントかの人は生まれつき。

ドクターは『心配しなくていいです』 と言ってくれた。

もしもそれが赤く膨れてきたらその時は抗生物質を・・・と。

安心しましたです。
私の”副乳” 小さいエクボくらいの物でいわなければわからないくらい。 何十年も忘れていた存在でした。 早く痛みが納まるといいんだけど・・・・。

写真はなしです。 おっぱいだからね、一応。

Monday, October 10, 2011

キンシャサのナイトクラブ

ヒッサしぶりにジムと喧嘩した。 喧嘩というよりはジムが勝手に不機嫌になったのだけど、その原因が私なんです。 

土曜日の夜、ジムがドライバーにこの町のナイトクラブに行きたいと言ったんです。 キンシャサはこういうたぐいのお店が結構一杯あるらしく、それを見ずしてこの町を去るのも・・・・。 話の種に2人で行ってみる事にした。 オープンするのが夜の11時ころだというので、一度ドライバーを帰宅させ、10時すぎにまた来てもらった。

ナイトクラブ、入り口で2人分の料金を払い(幾らだったか私は知らない)中に入ると、ミラーボールが回ったレトロな感じのフロアーがあった。 ほとんど騒音に近いような音楽が耳をつんざき、それにあわせてダンスしているカップルが・・・・・。 地元のビールが一本$7だなんて、とんでもないぼったくりだ。 それでもビールをオーダー。 スタッフがハイチェアを持って来てくれたので、私はバーカウンターに座って人々を観察。 ジムはバーの辺りはスピーカーが近くなのでうるさ過ぎる・・・・.と言って、2〜3メートルほど離れた場所に立ちながら踊っている人達を見てました。 

40分程時間が過ぎたころ、ジムが私の所にきて、怒鳴るように言いました。 ”帰る!”



私がずっと40分ジムから離れた所に座っていたのが嫌だったようです。

冷静に考えて、私の行動は全く悪くないと思います。 でも、ジムの気持ちを汲んであげられなかったのが残念だ。 側にいて一緒にビールを飲み、さ〜フロアに行こうか! 踊ろうか! っていう流れを期待してたんですね、彼は。



結局、”あ〜〜一人で来てもおなじだった・・・・” という彼の捨て台詞でこの夜は台無しに終わってしまいました。 
どう考えても私が悪かったとは思えないのだけれど 時間を巻き戻しできるのであれば、その場にもどって、ジムの横に立って一緒にビールを飲み、さ〜〜一緒に踊ろう!

楽しい夜になったはずでした。


でもさ、子供じゃないんだから、一言言ってくれたらね・・・・。 こっちに来て一緒に踊ろうってね・・・・。

翌日の日曜日も完全に台無し・・・・・・。 2人とも一言も話さずじまい。 寝室も別。

月曜日。 ”ランチできました!” 私のほうから沈黙を破った。 いつもだとあともう少し時間が経たないと彼の気持ちが納まらないのはわかってる。 でも明日の早朝、ジムはブカブに帰ってしまうから・・・・.
”いつまでへそ曲げてんだよ! いい加減におし!” という意味を込めての私からの歩み寄りだ。  色々話しておかなくてはいけない事があるから・・・・・。 

ジムは直ぐにはテーブルに来なかった。 でも数分後テーブルについて、私の作ったビーフンを食べてくれた。 

母がいつも言っていた。 お見送りする時に喧嘩は絶対にしてはいけない・・・・と。 だから今日から機嫌を直して明日の朝の出発に備えなくちゃいけない。 11日間ジムはブカブで仕事をする。 この国を出る前に人員削減という一番嫌な仕事がブカブで待っているのだ・・・。 

どれだけ彼がストレスを感じているか、私が一番わかっているわけで、だからできる限り家では楽しく過ごして欲しいのだけど、100%気持ちを読むことなんてできないからね・・・私だって。 

起きてしまったことはしかたない。 ジンバブエに移動するまでのこのドタバタを2人でなんとか乗り切らなくてはいけない。 





Saturday, October 8, 2011

Item for Sale

昨日一日かけて売りに出す物リストを完成させた。 こうして見ると、良くま〜ここまで買いそろえたものだ。 キンシャサで新品を買ったものと中古を買ったものとあるのだが・・・・。 

ジムと2人、3年間ここに住む予定だったので、マラウイで手に入らなかったものをここでは揃えたい! そういう私の思い入れがあったのでした。
  1. 冷蔵庫
  2. 洗濯機
  3. 乾燥機
  4. オーブン/クッカー
  5. ジムのコードレスパワーツールセット
  6. 電子レンジ
  7. ブレンダー
  8. トースター
  9. 掃除機
  10. アイロン
  11. ルームランプ
  12. コーヒーテーブル
  13. スツール
  14. 野菜用コンテナー
  15. 食器
  16. パーティー用プレート
  17. キッコーマン醤油
  18. オリーブオイル
表にはそれぞれのアイテムの写真を添付した。  これをインターナショナルウーマンズクラブに送り、メンバーに配布してもらうことになっている。 

これらがどれだけ売却できるのか? 新品の電気製品は実質2〜3ヶ月しかしようしていないものだ。 キンシャサに到着したばかりの人達が結構いるようなので、そういう人達が買ってくれることを祈ろう。 

兄の幼稚園のデザインは最終段階に入った。 9割がた仕上げたものを送信してみたところ、先生達も気に入ってくれたとの事。 胸をなで下ろす私。 後はマイナーチェンジをして、最後のチェックに。 切羽詰まると集中力もあがります。
ブカブの木彫りマスクをモチーフにしたデザインからスタートして、紆余曲折の後、結局は良くありがちなイラスト系に納まったわけなんだけど・・・・・クライアントがハッピーなのが一番だ! もう少しで完成する。 頑張るぞっと。

コート一面の虫

ジムとのキンシャサ生活、1週間が過ぎた。 6月に購入したジムの事務机はこれまで一度も使われていなかったのだが、とうとうジムの仕事机となった。 良いデスクだわ〜。 

夕飯の前は毎日テニスをしている。 小一時間程テニスを楽しんだ後、プールへ・・・・。 雨期を前にしたコンゴは蒸し暑く、今が暑さのピークらしい。 ナイター用の電気がついたプールはひんやりして気持ち良い。 30分程2人だけで泳ぐ。

水曜日の夜、テニスコートに出向いた私達。 あぜ〜〜〜ん! タウンハウスには2面のクレイコートがあるのだがそのコート一面が虫に覆われているのだ。 虫。 1センチ程の虫。 足の踏み場もない。いっちめん、虫の死骸。よけて歩く事は不可能。 私がパニックしていると、テニコーチがでてきて、”マダム、マダム、この虫達は全部死んでるから、大丈夫!” と私をなだめる。 ジムもしかり。

”朋、下を見ない!” とジム。 
目が点になって固まる私・・・・・・.

下を見るなって言われても、ブカブで経験した”蚊のような蚊でない虫”と違って、結構ボディーが大きいんだもの・・・。
死んでるものがほとんどだけど、中にはまだ生きていて、地面をくるくる回っているやつもいるじゃない。

しかたない・・・私は腹を決めた。 虫を無視する。 

私はこの虫達を踏みつけながらコートを駆けずり回った。 ボールを拾い上げるたびにテニスボールのケバケバに虫の死骸がヘばりついてる。 フーフー息で吹き飛ばす。 やっぱりあんまり気持ちの良いものじゃない。
こういう時、自分はアフリカに居るんだっけと思い出す。


夕べはポークの良いお肉が手に入ったので生姜焼きの用意をしてからテニスコートに出向いた。 毎週木曜日にタウンハウスは害虫駆除のスプレーを撒くからなのか虫はいなかった! 
テニスコーチがでて来て、レッスンをしないか? と勧めてくれた。 そうなのよね・・・。 私達、かなり上達する可能性を秘めてるの。 コーチとしてはほとんどボール拾いばっかりの私達の”テニス” を黙って見ていられなかったのだろうね。 私達は何時ものように打っては拾い、拾っては打つテニスを30分ほどした後にコーチにレッスンを頼んだ。 1時間で10ドル。

私が15分、ジムが15分やる事にした。

コーチは簡単に私にアドバイスしてくれた後、乱打。
10分間コーチと乱打をしただけで私は息が切れて、15分まだたたないの〜? と叫ぶ状態。
コーチと乱打すると、ちゃんとボールが目の前に戻ってくるので、ラリーが続く続く。 いつもの運動量の2倍はエネルギーを要する。 ハーハーハー・・・・。

13分でギブアップ。 ジムと交代。

私は来週からレッスンをすることに決めた。 火曜からジムがブカブへ行ってしまうので、1人で留守番だし、車もない。 嫌でも引っ越しの準備をせざるを得ない私なのだが、それじゃおかしくなりそうだもの・・・・。

テニスのレッスンをお願いすれば、ジムが居ない間もテニスができる。 決めた決めた! 30分のレッスンをお願いします〜!


運動した後の疲労感はほんとに心地いい。下準備しておいた生姜焼き。 封を切ってしまった醤油、みりん、日本酒の代わりのジン、これらをケチケチせずにガンガン使って作った生姜焼きのたれ。 リンゴがあったのでリンゴとタマネギ、ショウガを擦りおろした。  やっぱり醤油味は美味しい。 


あと3週間と2日でキンシャサを出発だ。 ジムは箱から取り出し組み立ててくれた私のマウンテンバイクをまたばらして箱詰めしてくれてます・・・・。 一度も乗らなかったね・・・・。ハラレでは2人でマウンテンバイクに乗れると良いと思う。

Wednesday, October 5, 2011

ジンバブエに転勤

ジンバブエに転勤!

なんと急な話だ・・・・。 NGO業界というのはほ〜〜んとにフレキシブル。 ジムは3年契約でキンシャサ滞在のポジションについたのだが、半年を過ぎてIMCジンバブエのカントリーディレクターになることが決定。 こういう場合、決まったら最後、出発まで坂道を転がるような早さで話が進む。  首都のハラレってどんな所なんだ? 

ジムはカレンダーを見ながら、11月1日を目標に出発しよう!と・・・・・。 え? 4週間ないの????

パニパニ、ワナワナ・・・・。 足が地につかない・・・・。 

先ずは兄のプリスクールの発表会プログラムデザインを仕上げるのが先決だ。 日本に出向いて最後の調節をしようと思っていたのだが、それはもうできない。 ここで仕上げてなんとか変更可能な状態のファイルをメールで送るよりしかたない。 これが結構じれったい作業なのだ。 だいたいこのタウンハウスのインターネットで添付ファイルが送れるかどうか????

完璧に揃えた電気製品は全部売りにださなくてはいけない。 リストを作って写真をとって、インターナショナルウーマンズクラブにそのリストを送信し、メンバーに送信してもらう。 これに頼るほかない。 半年前にこの情報を頼りに中古の家具や電気製品を買った私だが、ろくすっぽ使わないうちに売却だ。 悔しがっている暇さえない。 

とにかく行動あるのみ。 ジムは来週からまたブカブに行ってしまう。 その間私は1人で電気製品の叩き売りおばさんになるわけだ。  

カリフォルニアから新品のマウンテンバイクを送ってそれを組み立てて、まだ一度も乗ってない。またバラして箱詰めしないといけない・・・。 段ボールの箱もどこからかもらってこないといけない・・・。

それにキッコーマン醤油やらオリーブオイルやら大きな瓶で送ってきた食料もできる限り減らさなくては・・・・・. とほほ・・・・・。 嫌だ〜、キッコーマンを手放すのは、嫌だ〜。 ここで飲み干してやる〜・・・・・。 

そうそう、マラウイから送った35箱の荷物の最後の2箱はアジスアベバで見つかったと連絡があったきり、まだ届いてないんですけど・・・・・? どうなるの?  

あ〜〜〜、頭が頭痛です、 私。


清涼剤のような写真、今日の話題とは全く関係ないのだが、友達が私達が去年ナミビアに旅行した時の写真を送って欲しいと言ってきて、ハードドライブから引っ張り出したもの。 
ナミビアのナミブ砂漠です。 上のほうに小さく見えるのは私だよ〜。 こういうエキサイティングな旅行がザンビア っん? じゃなかった、ジンバブエでも待っていることを期待して今はひたすら頑張ろう!

足跡、あしあと、・・・・・そくせき とも言うか?






Sunday, October 2, 2011

キンシャサに信号機が!

首都キンシャサからです。 無事に到着しました。


アニマルハウスで最後まで病気にならずにいたルーシーがとうとう金曜に体調を崩したと聞いた。 やっぱり何か変だよ。 水? 食べ物? 自炊をしているリチャードは大丈夫なところをみると、やっぱり食べ物だろうか? 皆同じものを食べているわけだから・・・・。

ブカブ、アニマルハウス 危うし! 

国連の飛行機はいつもはジェット機なのだが、昨日は特別な運行で小さなプロペラ機だった。 え? これで1000マイルを飛ぶの? そう思ってしまった程小さい。 案の定途中で停まって燃料補給。 全部で5時間を要する旅だった。 天候が良かったのはラッキーだ。私は病み上がりだったので、トイレが機内にある事と、万が一の紙袋が手元にある事を確認しながら、プロペラ機が無事に着陸する事だけを祈った。

キンシャサに到着するとなんと蒸し暑い事。 そしてなんと埃っぽいことか。そして、なんとゴミだらけの町なんだ。町中がごみダメだもの。 チャドのアベシェが最悪って思ってたけど、いやいや良い勝負だ。
ルワンダはプラスティックバックを政府が禁止しているので町中でプラスティックバックを見かけない。 町にゴミを捨てるのも違法だそうだ。 少しは見習わないとね・・・・。

2ヶ月前に町中に設置された信号が作動していた。 3週間目にはいるのだそうだ。交通ルールのない無法運転地域にいきなり信号がついてどうなるか? 直進は皆守ってるようだ。 でも右折、左折の赤信号は守ってないね・・・・・。 半分以上の人が赤なのに、それを無視して右折、左折してる。もし皆が信号に従わないとしたら、信号なんてただのネオンでしょ。 そうなる前にポリスが信号に従うように強制しないといけないと思う。 

赤信号で停まっている車がなんだかむなしくなってくるような状況だ・・・・・。 ルールを守ろうぜコンゴリー!


ディナーは”韓国&日本 料理レストラン” に行ってみた。 あまり期待していなかったのだが、これが結構ちゃんとしたレストランでした。

”ペン持ってる?” 私がジムに聞いた。壁に貼ってあったスペシャルメニューが
"YAKAME UDON" と書いてあったから・・・・・。 "OKAME UDDON" と言いたかったのだろうな? 

その他のメーニューは寿司あり、ラーメンあり、韓国鍋あり・・・・。 

私は豆腐のチゲを、ジムはラーメンと天ぷらをオーダーした。出て来たラーメンったら・・・・。 マラウイで良く買っていたインスタントの韓国ラーメンに間違いない。 韓国のインスタント麺はボリューム満点でスープも結構おいしい。 そのインスタント麺にチゲのスープを混ぜてゆで卵をのせただけのものでした。 こんなもんかな? 

私のチゲは梅干しのように酸っぱいキムチが一杯入っているスープで酸っぱかったけど、満足。 お豆腐も美味しかった。

このレストらンで2人の日本人男性が食事をしていたのを見てびっくり。 ”こんばんわ!” とジムと2人で声をかけると彼らも凄く驚いた様子。 下水工事の為に赴任されているそうだ。 
その男性曰く、”行きたいと思うような所は全然ないね? この国は〜?” 

お隣のルワンダはゴリラを見れて最高でしたよ! と教えてあげた。 


日曜日、ジムは仕事でミーティングへ、私は果物を買いに町にでた。 なんだ、信号、動いてないじゃん! 

停電ですって。 少しだけ慣れかけて来た時に元の木阿弥・・・・・・。

あんまり期待できないな、この調子だと。



Friday, September 30, 2011

病気が蔓延、アニマルハウス

ここブカブのゲストハウス(アニマルハウス)で病気が蔓延している。 ちょっと大げさかな? でも1人、また1人と具合が悪くなる。 主な症状は下痢・・・。 先週末はジムが酷い下痢で何も食べれず苦しそうだった。 が週明けからなんとか回復し、火曜日からゴマへ出張。 ボートでの移動なので下痢は絶対にダメ!

月曜からはウェンディーというアメリカ人女性が体調を崩して火曜日に病院へ行った。 マラリアのテストを受ける為。 彼女は1ヶ月程前に赴任してしてきた。 お腹の具合が悪く、筋肉痛、頭痛などで食べられない状態。 マラリアテストの結果はネガティブ。 マラリアではなく何か他のパラサイト・・・と言われたそうだ。 何も薬は出ず、このまま体力が戻るのを待つのみと・・・。 

水曜の夜、いつもは自分でお皿にとった分の食事は全部残さずに食べる自分が食べきれずに残してしまった。 ”へんだな〜?” と思った。ディナーの後、部屋に戻った私は急に気分が悪くなった。 嗚咽が・・・・・急にだ。 

私の番でした。 下痢と嘔吐、ダンダン腰が痛くなって来て、寒けが・・・・・。

寒くて毛布に包まりながら寝ようとするのだけど、喉が渇いて渇いてしかたない。口の中がカラから・・・。水を飲む。 体中が痛くなってきて眠れない。 汗をかかないので、トイレに1時間おきに起きるしまつだ。 たぶん熱がでていたのだろう・・・・。

翌朝、下痢と嘔吐はおさまっていたが、頭痛とひどい筋肉痛で最悪。 食欲もなし。
ウェンディーは4日目だというのにまだ食欲がなく、お腹の調子も良くならない。 
私はウェンディーと一緒に病院へ行く事にした。

結構大きな病院だ。 しばらく順番待ちをしなくてはいけないだろうと思っていたのだが、 小部屋に入ると、男性が1人デスクに向かって座っている。 3人入るともう目一杯なくらいの小さな部屋。 私は椅子に座り、この男性にむかって、”Is there any doctor available today?" と聞いた。 
”I am a doctor!"   
”??????” ごめんなさいね。

私は彼が受付だとばかり思っていたのだが、彼がドクターだった。 いきなりドクターに会えるとは!

問診から始まり、ラボテストへ。 血液検査だ。 血液をとられた。 注射器が新品であるかどうか目を見開いて確認。 大丈夫。新品をパッケージから目の前で開封して使用したから。その他、小さなタッパーに楊枝が一本入ったものを手渡された。 なにこれ? 英語を話さないラボの担当者だったので、困った・・・。 この容器に”ユリーン”を入れるの? と聞いても ノンという返事。
楊枝が入ってるのが何でなのか? 
あ〜〜〜、尿じゃないほうね! 
”わかった!でも私、今、無理!”

彼はオッケー、ノープロブレマ と行って血液検査の結果を20分待つように言ってくれた。

結果、マラリアではなかった。 白血球の数値がちょっと基準値より低いが、その他3つのテストも全てネガティブ。 特に心配ないと・・・・。鎮痛剤が炎症を抑える効果があるから鎮痛剤を飲み続けるようにと・・・・・。

さてウェンディーだが、私と症状が似ているのだが、4日目にしてまだお腹の調子がもどらないのは、困ったもので、ドクターは下痢を治すための薬を出してくれた。 それとお腹の中の寄生虫を一掃できる薬。 ドクター自身も3ヶ月に一度その薬を飲んでいると・・・・・。
こういう薬はマラウイ湖で泳いでしまった後に1度だけ飲んだ経験がある。 

私は2日後からキンシャサに移動するので、このまま症状が良くならない場合を想定してウェンディーが処方されたものと同じものを出して欲しいと言った。 万が一の為に。

その晩、ジムがヨレヨレになってゴマから戻って来た。 ボートが悪天候で揺れて最悪だったと・・・・・。 ベッドに横たわっていた私を見て驚いた様子。 本当は不機嫌で戻ってきたジムだったのだが、私が病気だと知り疲れた身体にむち打って、私の話を聞いてくれた。 ”何で電話で言わなかったの????”  ”これ以上バッドニュースを聞かせたくなかったから・・・・。”

ジムはやっと迎えたスタッフが辞めると言い出して、そのことで陰鬱な面持ちなのだ。 予想外の展開に困リ果てている。 

明日はジムと2人、UNの飛行機で久しぶりにキンシャサに戻る。

私達の将来は今微妙なところにある。 
 
お花の写真でお口直しを・・・・・。自然界の色は言葉で表現できないくらい美しい。
これらは全部、小さな、小さな花達です。
 


















Monday, September 26, 2011

ルワンダ、バス体験

いとこからメールがきた。ルワンダの写真をみて ”朋ちゃん、あのバスに7時間も乗ったの?” と。 良くきいてくれました。 そうなんです。 私のアイディアではないですよ、もちろん。

ルワンダのバスの話・・・・。

ルワンダ旅行の最後はキブエからコンゴ国境まで、レイク沿いを走るバスで帰って来た。

でこぼこ道を5時間かかると言われた。現地の人達はたった5時間、そう表現する。

ホテルからはオートバイタクシーで荷物ごとバス乗り場まで乗り付け、待つ事1時間半。5時間も乗るというのに料金は5ドルほど。

やって来たのは大きなバス。 これは古そうだわ・・・・それにあきらかに日本製じゃない。
バスは大きいのに入り口のドアが人1人分しか通れない程小さいのは何故? 何十人もの人が一斉にバスに乗ろうと押し寄せパニック状態。 でもこれは予想してた。

バスの中にいた切符売りのお兄さんが、”ハイハイ、アズング(白人)が乗るから、どいたどいた!” と叫ぶ。 入り口につっかえている人達の頭上で私達のスーツケースをこのお兄さんが引き上げてくれた。 ”皆と同様、肘をガンガン使って遠慮せずに乗りましょう!” という誰かのコメントをウェブで見た。 このことだわね。

やっと乗れたはいいが、日本の満員電車状態、いやちょっと違うよ。 日本の通勤電車ではマットレスやら切ったばかりの何メートルもある竹なんか持ちこまないね、普通。 チケット売りのお兄さんの『アズングを座らせてあげてっ!』 の一声で入り口横の日本でいうシルバーシートが私の為にあけられた。感激! ジムはジムでルワンダの若者が席を譲ってくれて、無事着席。私はジムのバックパック2つを足下に置き、自分の枕の入ったバッグを膝の上に抱える。足なんて動かせない状態だけど、余裕を見せるため、周囲の人達に微笑んだりしちゃって・・・・・。   内心、これで5時間? マジっ! 

とにかくどんなに小さな隙間でもルワンダの人はひょいっと入り込んで来て座ってしまう。 。 2人用の席に3人座るのはあたりまえ。 重なりあうようにして座ってる。

30分過ぎた頃に乗客がドンドンバスから外に降りて行く。 何事? 
全員バスから降りる。 前方に壊れかけた橋があって、バスが無事通過できるかわからない。 重量を減らすため、乗客全員が降ろされたってわけ。 (写真で見える人達の後ろに見えるのが、そのオンボロバス)
荷物だけになったバスは無事、橋を通過!皆で拍手〜!

皆バスに戻る。 せっかく座っていた席がなくなっているだろうと予想したが、意外や意外。 ちゃんと降りる前と同じ状態に戻った。  律儀なルワンダ人。

また30分後。 今度は足の不自由な女性が乗って来た。 松葉杖を外してバスに乗ろうとするのだが、自力ではステップを上がれない。 中の人が彼女を上から引っ張り上げてやっと乗車。 が、このすし詰め状態のバスにどうやって???? 立ってるのはどう考えても無理。 席を譲った。一番近くに座っていたのは私だものね・・・・。

彼女は私の荷物を膝に抱えてくれた。 重たいので私が躊躇したが、彼女は私の荷物を離そうとはしなかった。 

日本の満員電車に9センチのハイヒールを履いて通勤していた事を思えば、これくらい何のその!  トレッキングシューズ履いてるんだもん。  バスが大きく揺れるたびにベタベタした手すりにしがみつく私。  

途中、バスは幾つかの小さな町で泊まり、数人が降り、また数人が乗ってくる。 バスが停まると同時に窓の外に、バナナ売りやピーナッツ売り、あげパン売りなどが寄って来て商売する。 バスの中、座っている人達の頭上をバナナの房が行ったり来たり。 結構真剣にバナナ選びをするのには驚いた。 こっちの房でなくて、そっちの房。などとの交渉してるよ。 気づけばバスの中、あちこちで皆バナナを食べているじゃないの。 バナナを房ごと買った男性が私に”食べなよ!” と手渡してくれた。 良い奴じゃん!

バナナとピーナツが長旅の友ってことらしい。

途中乳飲み子を背中にくくった若いお母さん達も荷物を抱え乗ってくる。 このぎゅうぎゅう詰め状態のバスにどうやって? と思うのだが、乗り込んだ後、クルリッと赤ちゃんを背中から下ろすと、座っている女性にポイッと手渡す。 別に ”お願いします” でも何でもなくだ。 
ごく当たり前のように赤ちゃんが手渡され、赤ちゃんは見知らぬ人の膝の上に乗せられ、バスは走る。泣かないよ、赤ちゃんも、慣れたもんだよ他人の膝。

荷物もしかり。 大きなバックパックは周りの人に本当に迷惑で、でも座っている人が膝の上に預かってくれる。ルワンダ流、バスの乗り方。

途中またバスが停まった。 今度は何? チケット売りの添乗員さんとジムがいきなり外に飛び出す。外で何が起こっているのか調べている様子。

ジムまで降りなくてもいいのにさ・・・・。 どうやら前方に崖崩れがあったもよう。 それに行く手は雨の影響で泥沼状態。 ここをバスが通過できるかどうか? それで停まったのだ。

ジムがバスの入り口に戻って来たかと思うと ”Tomo, get off, right NOW!"

????????? えっ?

バスはゆっくりと前進し始めているし、パスポートの入ったバックは棚の上だし、荷物は???? そんなことが3秒程頭をよぎって、私は迷った。 ”Get off means, get off, NOW!"

ジムがもの凄い形相でバスの外で叫んでいるので、私はとるものもとらずに、走り出したバスから飛び降りましたよ。

ジムの説明は私に10個くらいのクエッションを投げかけて、私をいつも混乱させる。 バスを変えたいのか? 一時的に降りるだけなのか? 

バスの前方は泥沼。 それで、ジムは重量オーバーのバスが横転することを懸念して私に降りろって命令したわけだ。 つまり一時的に降りろ! っていう意味だったわけ。 この”一時的に” があるのとないのとでは私の反応は全然違ってくるわけで・・・・・ブツブツ・・・。 


確かにバスは泥の中をお尻をフリフリかろうじてスタックせずに泥沼を通り抜けた。こういう場合、ゆっくりじゃなくて一気に走り抜ける。 もしバランスを崩したなら横転の可能性は大いにあり得る。 これだけ人が乗っているのだもの。 
切符売りのお兄さんとジム、そして私、走り出したバスに取り残されないように全力で走って飛び乗る。

ハ〜〜〜〜ッ。

バスの中に戻ると、皆の笑い声。 現地語なんでなんのことかさっぱり???でも間違いない、私とジムのパフォーマンスをバスの中から一部始終見てたんだね。 アズングがいきなり飛び降りたのがおかしかったんだね。 私もテレ笑いさ・・・・。

ちょっと恥ずかしかったけどね、いつも最悪の事態を想定しながらジムが私を守ってくれるからこそ、今まで無事に過ごせているのよね。 ありがとう。 でも、もちっとわかりやすく指示して欲しいわ。




バスは5時間の予定が7時間かかり、とっぷり日が暮れた頃に国境に到着。 トイレ休憩がないのはわかっていたので、前日の夜から水分をたった。 脱水状態だ。 おかげで一度だけ町のレストランのトイレに駆け込むだけで済んだ。 トイレの近い私が7時間の間に1度のトレイ・・・・ジムは驚いてました。 

7時間のバスの旅、本当の意味でアフリカ体験でした。 大変な旅ほど思い出に残るものだしね。

写真のバスの座席の背もたれ、わかるかな? この背もたれが100回くらいはずれて、後ろに座っている人がその度に元の位置に戻してくれたのよね。 

ルワンダの人は助け合いの精神が強いようだ。

橋を渡る前に降ろされた乗客。 後ろに見えるのが私達が乗ったバス。


はい、これからこの壊れかけた橋をバスが通過します。 バスがコケルことを予想して、ジムは私を遠くまで避難させた。


バスが終点に着く頃には乗客も半分以下に減ってゆとりが・・・・。 でもこの背もたれがはずれるのよ・・・。




これがその背もたれの板。すごいっしょ?